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そもそもその言うところの神って何?キリスト教やユダヤ教イスラム教は一神教だし、旧約聖書の記述から”初めに言葉ありき”で宇宙が創造されたことになってるから、要するに初めに何らかの意志をもって言葉を発した存在と言ううことかな?言葉と言っても宇宙が出来る前には音波も存在しないはずだからまあ何らかの”意志”が周囲に作用して宇宙が創造されたと言う風に強引に解釈も出来る。当たり前のことだが、聖書は”神と(当時の)人間の契約”を人間が記述(転記?)したものであり、その内容は当時の人間の知識の枠を越えるものではない。はっきり言えば神の有無と言う議論以前に片方の当事者が”当時の”人間であることを忘れてはいけない。どう考えても当時の人間に進化だの相対性理論だの説明しても理解できる訳が無い、神が存在し本当に昔の人間に啓示を与えたのだとしても、神は生物学や物理学の教師ではないのだからそんなところからいちいち説明する理由が無い。「ああ、俺がな、昔な『有れ!』って言ったら出来ちゃったんだよ!」でごまかすと思う。
「人間原理」だっけ?
「人間が宇宙を認識しているから、宇宙は存在する」って考え方があるそうですね。聖書の記述もそういうことなのかな?とか思わなくもない。
「言葉を発する存在」=「人間」
ーー「無」の状態で「重力の法則」って働くの? 「無」だけど重力源はあるってこと?
ちょっと違う.
たとえばこちら [srad.jp]で述べられているように, 各種物理定数が異なるような宇宙というのも存在していいのかもしれない. ただ, そのような宇宙の場合, 人間とか生物とかが発生しないので, そもそも観測が行われない. つまり各種定数がそういう値なのは生物の発生に都合のよい値だったからというのが「人間原理」です.
こうした定数の類が少なければ少ないほど物理学としては一般的な議論ができるので好ましいのですが, 観測不能な宇宙についてのことなので, 現在の段階としては机上の空論から大きくは出ていないです. 逆にハードSFにとっては面白い題材で, たとえばスティーヴン・バクスターの天の筏 [asahi-net.or.jp]が重力定数が10億倍の宇宙を描写していたりします.
各種定数がそういう値なのは生物の発生に都合のよい値だったからというのが「人間原理」
それは「弱い人間原理」で、親コメントの方は「強い人間原理」だったと思います。
「強い人間原理」は言うまでも無く疑似科学というかオカルトですが、「弱い人間原理」は科学的に検証の余地があるということですね。
「人間が宇宙を認識しているから、宇宙は存在する」の方はグレッグ・イーガンが大好きじゃないですかね。
大本は、相対性理論の観測者が観測することによって観測対象に影響をするという観測者効果が変な解釈されていったんじゃないかな、と。
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人生の大半の問題はスルー力で解決する -- スルー力研究専門家
そもそも (スコア:0)
そもそもその言うところの神って何?
キリスト教やユダヤ教イスラム教は一神教だし、旧約聖書の記述から”初めに言葉ありき”で宇宙が創造されたことになってるから、要するに初めに何らかの意志をもって言葉を発した存在と言ううことかな?
言葉と言っても宇宙が出来る前には音波も存在しないはずだからまあ何らかの”意志”が周囲に作用して宇宙が創造されたと言う風に強引に解釈も出来る。
当たり前のことだが、聖書は”神と(当時の)人間の契約”を人間が記述(転記?)したものであり、その内容は当時の人間の知識の枠を越えるものではない。
はっきり言えば神の有無と言う議論以前に片方の当事者が”当時の”人間であることを忘れてはいけない。
どう考えても当時の人間に進化だの相対性理論だの説明しても理解できる訳が無い、神が存在し本当に昔の人間に啓示を与えたのだとしても、神は生物学や物理学の教師ではないのだからそんなところからいちいち説明する理由が無い。
「ああ、俺がな、昔な『有れ!』って言ったら出来ちゃったんだよ!」でごまかすと思う。
Re:そもそも (スコア:0)
「人間原理」だっけ?
「人間が宇宙を認識しているから、宇宙は存在する」って考え方があるそうですね。
聖書の記述もそういうことなのかな?とか思わなくもない。
「言葉を発する存在」=「人間」
ーー
「無」の状態で「重力の法則」って働くの? 「無」だけど重力源はあるってこと?
Re:そもそも (スコア:1)
ちょっと違う.
たとえばこちら [srad.jp]で述べられているように, 各種物理定数が異なるような宇宙というのも存在していいのかもしれない. ただ, そのような宇宙の場合, 人間とか生物とかが発生しないので, そもそも観測が行われない. つまり各種定数がそういう値なのは生物の発生に都合のよい値だったからというのが「人間原理」です.
こうした定数の類が少なければ少ないほど物理学としては一般的な議論ができるので好ましいのですが, 観測不能な宇宙についてのことなので, 現在の段階としては机上の空論から大きくは出ていないです. 逆にハードSFにとっては面白い題材で, たとえばスティーヴン・バクスターの天の筏 [asahi-net.or.jp]が重力定数が10億倍の宇宙を描写していたりします.
Re:そもそも (スコア:2, すばらしい洞察)
それは「弱い人間原理」で、親コメントの方は「強い人間原理」だったと思います。
「強い人間原理」は言うまでも無く疑似科学というかオカルトですが、「弱い人間原理」は科学的に検証の余地があるということですね。
Re: (スコア:0)
「人間が宇宙を認識しているから、宇宙は存在する」の方は
グレッグ・イーガンが大好きじゃないですかね。
大本は、相対性理論の観測者が観測することによって
観測対象に影響をするという観測者効果が変な解釈されていったんじゃないかな、と。