この研究からは,この宇宙のどこかでは,我々の元となった隕石とは逆回転の円偏光を受けた隕石からDアミノ酸とL糖をベースとした生命(注:我々はこの鏡像体で,Lアミノ酸とD糖からなる)が生まれ得る,と言える.そういった生態系では,(地球で起きたような隕石による恐竜の絶滅という哺乳類にとっての幸運が無ければ)進化した恐竜のようなものだって可能だろう.そういう相手とは顔を合わせない方が良いだろうね(We would be better off not meeting them).
まあわざわざ解説するのも野暮というものですが,今回の話が下敷きにしているのは,「宇宙のどこか離れた場所に,我々の地球によく似ている(けど何かの点が大きく異なる)鏡像異性体を元にした生態系を持つ惑星があった!」というSF界隈では使われすぎてもはや古典芸能のようになったネタです.そこでは恐竜が生き延びていた!なんてのも定番ですね.そういうところには人類が出かけていって,そんでもって大抵ろくな事にはなりません.まさにWe would be better off not meeting themですね.
いろいろ酷い (スコア:5, 参考になる)
Newsweekの「よくわからないけど頑張って書いてみました」的な記事もあれだが,このタレコミはあまりにも酷い.
そもそものこの論文(JACS, in press, DOI:10.1021/ja3012897)の研究は,「なぜ地球上の生物は片方の鏡像異性体からなっているのか?」という長年の疑問に何とか答えを見つけようというあまたの研究の一つ.
著者が注目したのは(というか,多くの研究者が注目はしてるのだけど),ちょこちょこ見つかっている「光学活性な単純なアミノ酸を含む隕石がある」という事実.
これらの光学活性な分子は,例えば宇宙空間で超新星爆発や中性子星などからの強烈
Re: (スコア:0)
まあタレコミは責めないであげましょうよ。
引責すべきはそれを通してしまった編集者ってことで。
Re:いろいろ酷い (スコア:-1)
いや、科学者がマスコミや一般人を騙したに等しいと思う。
分子進化はいいけど、なにが恐竜だよ。そんな言葉を持ち出した時点で、
一般人は、分子進化の難しい内容はそっちのけで恐竜に飛びつくに決まってるじゃん。
故意犯にちがいない。
そんな論文を通した査読者や編集者も同罪。
こうやって、分子進化分野にちょっとでも一般人の注目が集まれば、
この分野への予算が増えるかもしれないという下心があるんだろうと思う。
背景としては、一般人の注目を浴びないと科学は予算を集められないという
最近の風潮があるのだとは思うけど。
ネタですよ? (スコア:4, 参考になる)
それはあまりにも言いがかりな気も…….
論文の流れとしては,
イントロダクション:
生物は光学異性体の一方だけで出来ているが(Lアミノ酸,D糖などを使う.Dアミノ酸やL糖は使わない),なぜそうなったのかの起源はよくわかっていない.ただ,隕石中などからは一方の光学異性体が数パーセントほど多くなっているものが発見されている.
*注記追加:なお,L体とD体が同数混ざっているものをラセミ体,片方が多いもの(極限としては,L体だけとかも含む)を光学活性体と呼ぶ(円偏光の偏光面を回転させるためこう呼ばれる).
これらはその隕石が宇宙空間にいる間にたまたま強い円偏光を受けて,一方の光学異性体が優先的に分解された,などと考えられている.しかしこのわずかな差が原因だとして,原始地球で起こりえる反応によってこれらの物質の光学異性体比が増幅され,一方の光学異性体が主流となるような化学反応過程が本当にあり得るのかどうかは不明である.
そこで隕石中で発見されている光学活性な物質を原料とし,光学活性な様々な糖やアミノ酸が出来るかを検討した.
本文:
各種合成過程と,そこにおける光学活性の度合いの増幅具合を検討.
温度が高いと,ラセミ体の結晶(L体とD体がかみ合った結晶構造)は融点が高くて溶けないけど,光学活性な結晶(L体のみ,もしくはD体のみの結晶)は若干融点が低くて溶ける,と言う絶妙な温度域がある.こういった温度がうまく働くと,極端な光学異性体比率も無理ではない.
と言うことが延々と書かれる.
結論:
本研究は,過去に地球にもたらされた光学活性な原料から,その光学異性体比が増幅されながら糖やアミノ酸,核酸を作り得ると言うことを示した.無論,「可能である」と言うことと「過去にそういうことが起きた」とは違う.
なお,いくつかの他の重要な化学種に関しては,現在研究を続行中である.
とまあ,ここまで5ページほど書いてきて,Conclusionの最後のところにおまけとして恐竜がどうたら,という部分が出てきます.その部分は一応原文にのっとって訳してみましょう.
この研究からは,この宇宙のどこかでは,我々の元となった隕石とは逆回転の円偏光を受けた隕石からDアミノ酸とL糖をベースとした生命(注:我々はこの鏡像体で,Lアミノ酸とD糖からなる)が生まれ得る,と言える.そういった生態系では,(地球で起きたような隕石による恐竜の絶滅という哺乳類にとっての幸運が無ければ)進化した恐竜のようなものだって可能だろう.そういう相手とは顔を合わせない方が良いだろうね(We would be better off not meeting them).
論文のイントロや結論の部分にちょっと面白いことを書けるのは,著者としてなかなか素晴らしいことです.欧米勢にはその手のちょっとにやりとさせる書き手がちょろちょろいて(全員ではない.むしろ少数派だが),読んでいると和みます.でまあ今回のもその手のやつのひとつですね.
他の例としては,
・イントロで温暖化の話を振った挙げ句,「将来はさらに凄まじい温暖化が危惧されている……太陽の膨張により地球が飲み込まれてしまうのだ!」(それ違う)
・時空構造とベビーユニバースの可能性を検討した後に,「こういった子宇宙,孫宇宙の存在は,我々の宇宙が熱的死を迎える際に我々が生き残るための突破口となるかも知れず,検討の価値がある」(いったい何垓年後の話だ……)
・時空の歪みによるタイムマシンの可能性を議論した後に,「こういった技術が実現した暁には,明日の天気に迷わなくても良くなる」(それどころじゃねぇだろ)
とか.
まあわざわざ解説するのも野暮というものですが,今回の話が下敷きにしているのは,「宇宙のどこか離れた場所に,我々の地球によく似ている(けど何かの点が大きく異なる)鏡像異性体を元にした生態系を持つ惑星があった!」というSF界隈では使われすぎてもはや古典芸能のようになったネタです.そこでは恐竜が生き延びていた!なんてのも定番ですね.そういうところには人類が出かけていって,そんでもって大抵ろくな事にはなりません.まさにWe would be better off not meeting themですね.
生命誕生には光学異性体比の極端な偏りが必要なんだろうか (スコア:1)
>本研究は,過去に地球にもたらされた光学活性な原料から,
>その光学異性体比が増幅されながら糖やアミノ酸,核酸を作り得る
>と言うことを示した.
面白いですね。
一つは生命誕生以前のある種の化学的進化がありうる、ということ。
というか、光学異性体比のかたよりは必然という主張なんでしょう。
もうひとつ、生命誕生に光学異性体の極端な偏りが必要なんだろうか。
ArgはDでAspはLであるような生命はありえないのかな、ペプチド結合のところで、問題がおこるのでしょうか?
poly-Argがあったとして、
DDLLLLDLDDDDD
となったり、
LLLLLDDDDLLLL
となったりすると、立体構造が違ってきて、前者は活性があるけど、後者はない、
というようなことになるのかも。
やっぱり、偏りは必要なのかも。しかし、特定のアミノ酸のDかLかが決まっていれば、それでよいような気もする。
Re:生命誕生には光学異性体比の極端な偏りが必要なんだろうか (スコア:1)
>もうひとつ、生命誕生に光学異性体の極端な偏りが必要なんだろうか。
疑問の歴史的な経緯としては,逆だと思います.
「光学異性体の方を使ったって良いはずなのに,なぜ今いる生物はみんな同じ特殊な組み合わせになっているのだろうか?」というあたりから疑問がスタートしていますので.
それこそ,全分子を反転すれば(鏡映以外は)同じ生命が出来るはずですし,ほとんどは今の生命と同じだけどいくつかのアミノ酸だけ光学異性体,というものがあっても良いのじゃないか?というのは今でも解けていない疑問です.
だからまあいろいろな説が出てきていて,
・アミノ酸のいくつかの光学異性体を決めると,残りの各種分子も反応経路的に作りやすい方が決まるのではないか?(本当に?)
・そもそも生命は偶然生まれた一つの原始細胞が進化・発展・増殖を繰り返して広がったもので,だから現存する全ての生命は最初の細胞が使っていた光学異性体と同じ組み合わせを引きずっている.(何億年もあるのに,同時にいくつもの原始細胞がいろいろな場所で生まれたりはしなかったの?)
・そもそも地球に当時あった原料が,何らかの理由により光学活性なもので,それを組み上げて生命が出来たからではないか?(そもそも最初の光学活性な環境はどうやって生まれたの?)
とか,なんやかんやでいろいろあります.当然決着は付いていません.
Re: (スコア:0)
分野によるのでしょうね。工学系でそんなネタがちょびっとでも書かれている論文は見たことがありません。
本文の最後またはConclusionsの最後に、今回得られた成果の意義を、mayとかmightつきで、
大風呂敷を広げて語るくらいが関の山だと思います。微細加工ができた→パーソナルなスパコンが
実現するために役立つ、とか、太陽電池のための電極作製のための物質の合成のための装置の
一部ができた→このおかげで将来はエネルギー問題が解決するだろう、みたいな。
それでも、分からない人が見れば騙されるかもしれないけど。
でも、最近、たとえばNASAは何でもかんでも地球外
Re: (スコア:0)
いやあ、産業に関係する新聞(日経産業とか日刊工業とか電波新聞とか)を見てると、基礎的な発表の記事なのに期待される副次効果を大々的に見出しにしてしまっている記事が結構あります。
「大容量3テラバイトの光ディスク」みたいなやつ。実際にはそういう容量が実現できそうな記録密度の読み取りを実験装置レベルで確認した、程度の発表、だとか、
センセーショナルな見出しの数値がどこに書いてあるのかみたら、最後のほうに「将来は××が実現できる可能性が見えてきた」とかね。
そういう報道になる背景には、発表側にも報道側にも暗黙の了解というか願望みたいなものがあるのかなあと思ってしまうことがあります。
Re: (スコア:0)
> 日経産業とか日刊工業とか電波新聞とか
そのへんが限界でしょうね。というか、それでももう一線を越えかけてるかも知れない。
そういう業界新聞はそういうもんだ、というリテラシーが必要という面もあるかもしれません。
そういう意味では、Newsweekはどうなんだろう。ある程度、眉唾で読むべきものなんでしょうか。
(というか、あのNewsweekの記事の内容だと、分かってて騙してる側ではなく、完全に騙されてる側の
ような気がしますが)。
Re: (スコア:0)
真面目な内容にDo Not Read This [springerlink.com]なんてネタっぽいタイトルを付けた論文がありました。
理論系で由緒正しい難関国際会議なのでびっくりした覚えがあります。
なんにせよ、よっぽど内容に自信が無いと出来ないですよね。
自分だったら、しょおもない余計な事を書いて落とされたらどうしようと心配で、とてもそんなお遊びする余裕は無いです。