自分の求めるものを言わずに、人事にヒアリングされて、やっと吐き出すなんてとても優秀な社員とは言えない気がします。他人の要求なんて、言ってくれなきゃわかりませんよ。
しかも不満をため込んで、いきなり辞表提出するとは。。。そんな極端な判断しかできないなんて、自己解決能力に疑問があります。
なんか熟年離婚と一緒じゃないか。
自分の求めるものを言わずに、人事にヒアリングされて、やっと吐き出すなんてとても優秀な社員とは言えない気がします。
私にはそれは「無能な経営者である事を自己証明している」発言に聞こえますね。私にはこれは、社長をはじめとする経営陣側が 自分が欲しいもの(他人の前での称賛)は、他人も欲しがるに違いない としか考えず、人の話を聞いていない結果だとしか見えない。
「優れた業績」というのは「一般化」できるものではありません。故にその報償が「一般化され、規則化されている」段階でナンセンスです。報償を与えるところまでは決めてもいいし、それがコストとしていくら相当にするべきなのかも決めていいでしょう。でもそのコストを- 他人からの称賛- ボーナス- より多くのボーナス- その他のどれで支払うべきかまで勝手に決めようとするのは無能の証です。
経営陣と言うのは、社員をお客様とし、商品として「賃金」を渡す代わりに、支払いとして「労働力」をいただく という形の営業職です(「労働力」として得られるものが、知恵なのか肉体労働成果なのか、その辺は区別しないとします)。「賃金対労働力」の比がより効果的になるように、社員と交渉するのは経営陣の仕事であり、そのためにこそ課長だの部長だのがいる。
一般報酬ならばともかく、特別報償の 特別 の意味を理解していたら、このような愚かしい報償制度にはしないでしょう。
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ましてやペレルマンの場合、100万ドルよりも平穏が欲しいと言っているのですから。平穏を与えずに追いまわすのは、その段階でゴミの証拠以外の何物でもない。
賞を与える事の意味を見誤っているようですね。
賞は受賞者のために与えるのではありません。賞の権威を向上させるために与えるものですよ。
社内表彰と目的が違うのです。
(^o^)
それは一面、正しい。
ただし。それならばミレニアム懸賞問題のような形式は良くない、という事がはっきりしたという事だろう。
たとえばノーベル賞。まず推薦があって、その中から受賞者を決める。なので推薦されたくない人はその段階で「いや」と言えばよい。世の中にはいくらでも推薦したい人/されたい人がいるので、そちらに賞が行く。それらの人たちは称賛を浴びることを苦痛としないだろう。
が、ミレニアム懸賞のように この問題を最初に解いた奴 というルールにしてしまうと、称賛を浴びるのが苦痛な人であっても対象になってしまう。だからと言って「賞を受けたくなければ、問題を解かなければよいのに」というのは理不尽を通り越してナンセンスだ。たかが金持ちだと言う程度で、問題を解く自由をどうこうしてよいわけがない。でも、本当に人前に立つのがストレスな人は、その理由で問題が解けなくなってしまう(解いてから、チェックが完了するまでの間に生じる個人攻撃等で、そうなってしまう人だっているだろう)。
192.168.0.1は、私が使っている IPアドレスですので勝手に使わないでください --- ある通りすがり
Re:『成果』に対する『報酬』として何を望むかはひとそれぞれ (スコア:1)
自分の求めるものを言わずに、人事にヒアリングされて、やっと吐き出すなんてとても優秀な社員とは言えない気がします。
他人の要求なんて、言ってくれなきゃわかりませんよ。
しかも不満をため込んで、いきなり辞表提出するとは。。。
そんな極端な判断しかできないなんて、自己解決能力に疑問があります。
なんか熟年離婚と一緒じゃないか。
Re:『成果』に対する『報酬』として何を望むかはひとそれぞれ (スコア:1)
私にはそれは「無能な経営者である事を自己証明している」発言に聞こえますね。
私にはこれは、社長をはじめとする経営陣側が 自分が欲しいもの(他人の前での称賛)は、他人も欲しがるに違いない としか考えず、人の話を聞いていない結果だとしか見えない。
「優れた業績」というのは「一般化」できるものではありません。故にその報償が「一般化され、規則化されている」段階でナンセンスです。報償を与えるところまでは決めてもいいし、それがコストとしていくら相当にするべきなのかも決めていいでしょう。でもそのコストを
- 他人からの称賛
- ボーナス
- より多くのボーナス
- その他
のどれで支払うべきかまで勝手に決めようとするのは無能の証です。
経営陣と言うのは、社員をお客様とし、商品として「賃金」を渡す代わりに、支払いとして「労働力」をいただく という形の営業職です(「労働力」として得られるものが、知恵なのか肉体労働成果なのか、その辺は区別しないとします)。「賃金対労働力」の比がより効果的になるように、社員と交渉するのは経営陣の仕事であり、そのためにこそ課長だの部長だのがいる。
一般報酬ならばともかく、特別報償の 特別 の意味を理解していたら、このような愚かしい報償制度にはしないでしょう。
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ましてやペレルマンの場合、100万ドルよりも平穏が欲しいと言っているのですから。
平穏を与えずに追いまわすのは、その段階でゴミの証拠以外の何物でもない。
fjの教祖様
Re:『成果』に対する『報酬』として何を望むかはひとそれぞれ (スコア:1, 興味深い)
賞を与える事の意味を見誤っているようですね。
賞は受賞者のために与えるのではありません。
賞の権威を向上させるために与えるものですよ。
社内表彰と目的が違うのです。
Re:『成果』に対する『報酬』として何を望むかはひとそれぞれ (スコア:1)
(^o^)
それは一面、正しい。
ただし。それならばミレニアム懸賞問題のような形式は良くない、という事がはっきりしたという事だろう。
たとえばノーベル賞。まず推薦があって、その中から受賞者を決める。なので推薦されたくない人はその段階で「いや」と言えばよい。世の中にはいくらでも推薦したい人/されたい人がいるので、そちらに賞が行く。それらの人たちは称賛を浴びることを苦痛としないだろう。
が、ミレニアム懸賞のように この問題を最初に解いた奴 というルールにしてしまうと、称賛を浴びるのが苦痛な人であっても対象になってしまう。だからと言って「賞を受けたくなければ、問題を解かなければよいのに」というのは理不尽を通り越してナンセンスだ。たかが金持ちだと言う程度で、問題を解く自由をどうこうしてよいわけがない。でも、本当に人前に立つのがストレスな人は、その理由で問題が解けなくなってしまう(解いてから、チェックが完了するまでの間に生じる個人攻撃等で、そうなってしまう人だっているだろう)。
fjの教祖様