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対物レンズを取っ払った形になりますが,他の集光用のレンズ系はありますので.あ,元論文はこれです.http://www.nature.com/ncomms/journal/v3/n3/full/ncomms1733.html [nature.com]オープンアクセスなので誰でも閲覧可.
原理としては,X線回折の仲間になります.通常のX線回折では,物体に入射したX線(今回の場合は電子線)が各所で散乱されたり位相変調を受けたりします.そしてその散乱波が重ね合って干渉パターンを作るわけですが,これは物体のフーリエ変換に相当します.フーリエ変換はもう一度繰り返せば元の関数に戻りますから,この干渉パターンをそのまま逆フーリエ変換出来れば原理的には元の物体の形状が再生出来るわけですが,ここで検出器の限界が問題になります.つまり,干渉波の強度(振幅)は記録出来るのですが,位相が記録出来ないのです.
*通常の透過電顕では,対物レンズ系がこの逆フーリエ変換を行っているのと同じ働きをしますが(光学的に,自動的に同じ効果が得られる),レンズの精度の問題(色収差など)が分解能を制限してきます.
例えばある点での干渉波がA·sin(ωt),別の点での干渉波がA·sin(ωt+π)だったとします.ところが検出器で見えるのは「どちらも強度はAだった」という点のみです.このため,得られた回折波(の強度)パターンをそのまま逆フーリエ変換しても,物体の形は見えてきません.通常の単結晶X線構造解析では,結晶が並進対称性を持つ=回折波が特定の少数のスポット位置にしか発生しないことを利用して,コンピュータ上で少数のスポットにランダム(一応方針はあります)に位相を割り当てそこから元構造を推定,うまくいかなかったら別の位相を割り当て……とやって構造を決定します.割り当てる必要のあるスポットの数がそこまで多くないので(例えば数千とか),こんな手法でも構造が解けるわけです.(コンピュータが手軽に利用出来るようになるまでは,ごく簡単な構造を解くことしか出来ませんでしたが,PCの速度が上がった今では力業でかなりいけます)
しかし結晶でないものですと,回折波は空間全域に広がった連続的なものとなるため,この全体にランダムに位相を割り当てて解析していく,というのは事実上不可能になってしまいます(これが,結晶以外では構造決定が難しい理由).そのため,何とかして位相情報を得よう,という研究がいろいろ行われています.
例えば最近流行のX線自由電子レーザーを用いたX線コヒーレント顕微鏡などでは,光源として使っているX線がレーザーであり位相が完全に揃っていることを利用し,きれいな干渉像を得て,それを仮定した構造で適当に位相を割り当て→そこから回折像を計算して差分を修正,という事をループして収束させて構造を決定します.
*ただ,なんでそのアルゴリズムで像が再構築されるのか?という数学的基礎は不明だとか言う恐ろしい話を聞いた覚えが.なんかうまくいくけど,原理の正当性が不明だから,得られた像が本当に正しいかの保証がない,とか.
似た手法では,照射するコヒーレントなX線(とか電子線)をreference(なんの散乱も受けていないので,位相は一定)とサンプルに照射するものの二つに分割して,両者の干渉をとることでサンプルからの散乱波の位相を決めてやる,という手法もあります.
さて,今回のタイコグラフィーですが,こちらは像を沢山撮影することで差分をとる,というものです.見たい領域を撮影する際に,少しずつずらしながら多量の回折像を撮影します.例えば100nmサイズの領域を見たいときに,30nm径の電子線を,数nmずつずらしながら撮影するようなものです.図で書くとこんな感じです.(□が見たい領域全体,■が電子線のあたっている領域)
回折像1枚目■■■■□□■■■■□□■■■■□□■■■■□□□□□□□□□□□□□□
回折像2枚目□□□□□□■■■■□□■■■■□□■■■■□□■■■■□□□□□□□□
両者で重なっている以下の図の■の部分,
1111□□■■■■□□■■■■□□■■■■□□2222□□□□□□□□
の部分からは同じ回折パターンが生じているはずです.つまりこの2回の撮影で得られた回折像の差は,1で示した部分と,2で示した部分の差分から生じているわけです.これを使って求めないといけない情報量を減らし,位相を推定します.これを何百,何千という少しずつ位置を変えた回折像に対して行い初期位相を仮定して元構造を推定,そこから得られる干渉波と実際の画像を比較して補正,再度元構造を……というループを延々回して実際の構造を決めてやる,というアルゴリズムです.
他の方も指摘されてますが,X線系,特にXFELのようなコヒーレントな光源を用いたタイコグラフィーはいろいろ行われており,そういう意味では記事等はちょっとミスリーディング.ただ,電顕を使うことでナノ物質などの構造解析がやりやすいとか,光源としてコンベンショナルな電子線源が使える,という点は優れている点です.前述のXFELを使ったものなどでは,光源は大規模実験装置ですし,要はレーザーですのでナノサイズの標的に当てるってのも難しくなりますから.電顕の場合は,そのまま全体構造を確認しながら見たい対象をナノスケールで決め打ちして,その場所の構造を決めるってのが可能ですので.
電顕だとX線と違って集光系が簡単に作れるので信号強度が稼ぎやすそうです.検出系としては既存の高画素CCD積んでるSTEM/TEM兼用機ならそのまま使える可能性もありそうです.
狙いとしては原子分解能を超えて電子のポテンシャル分布を可視化することでしょうか.エネルギーフィルターとかと組合せればもっとすごいところまで行きそうです.
HWはHAADF検出器をCCDに替えて、2次元情報を得られる様にしたものかな?構造は簡単っぽいけど、逆FFTでの再構成がキモなんだろうなぁつか、Csコレクタ付きSTEMで遊んでみたい…
>構造は簡単っぽいけど
まあ、装置としてはニコンのSEM(TEMですらない)の下にCCDくっつけただけだからねえ……光軸あわせとかは要るんだろうけど。
この会社、光学・X線・電子線を問わず同じような原理の顕微システムを開発してるみたいだから、回折像からの復元部分で結構ノウハウあるんでしょうね。
原文眺めてきたFEI Quantaにgatan Oriusをくっつけたのかつか、FEIは今だとニコンより島津のイメージが大きいなぁ含水物突っ込んでin situ観察してみたい…
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未知のハックに一心不乱に取り組んだ結果、私は自然の法則を変えてしまった -- あるハッカー
レンズがない,は言い過ぎな気が (スコア:5, 参考になる)
対物レンズを取っ払った形になりますが,他の集光用のレンズ系はありますので.
あ,元論文はこれです.
http://www.nature.com/ncomms/journal/v3/n3/full/ncomms1733.html [nature.com]
オープンアクセスなので誰でも閲覧可.
原理としては,X線回折の仲間になります.
通常のX線回折では,物体に入射したX線(今回の場合は電子線)が各所で散乱されたり位相変調を受けたりします.そしてその散乱波が重ね合って干渉パターンを作るわけですが,これは物体のフーリエ変換に相当します.フーリエ変換はもう一度繰り返せば元の関数に戻りますから,この干渉パターンをそのまま逆フーリエ変換出来れば原理的には元の物体の形状が再生出来るわけですが,ここで検出器の限界が問題になります.つまり,干渉波の強度(振幅)は記録出来るのですが,位相が記録出来ないのです.
*通常の透過電顕では,対物レンズ系がこの逆フーリエ変換を行っているのと同じ働きをしますが(光学的に,自動的に同じ効果が得られる),レンズの精度の問題(色収差など)が分解能を制限してきます.
例えばある点での干渉波がA·sin(ωt),別の点での干渉波がA·sin(ωt+π)だったとします.ところが検出器で見えるのは「どちらも強度はAだった」という点のみです.このため,得られた回折波(の強度)パターンをそのまま逆フーリエ変換しても,物体の形は見えてきません.
通常の単結晶X線構造解析では,結晶が並進対称性を持つ=回折波が特定の少数のスポット位置にしか発生しないことを利用して,コンピュータ上で少数のスポットにランダム(一応方針はあります)に位相を割り当てそこから元構造を推定,うまくいかなかったら別の位相を割り当て……とやって構造を決定します.割り当てる必要のあるスポットの数がそこまで多くないので(例えば数千とか),こんな手法でも構造が解けるわけです.
(コンピュータが手軽に利用出来るようになるまでは,ごく簡単な構造を解くことしか出来ませんでしたが,PCの速度が上がった今では力業でかなりいけます)
しかし結晶でないものですと,回折波は空間全域に広がった連続的なものとなるため,この全体にランダムに位相を割り当てて解析していく,というのは事実上不可能になってしまいます(これが,結晶以外では構造決定が難しい理由).そのため,何とかして位相情報を得よう,という研究がいろいろ行われています.
例えば最近流行のX線自由電子レーザーを用いたX線コヒーレント顕微鏡などでは,光源として使っているX線がレーザーであり位相が完全に揃っていることを利用し,きれいな干渉像を得て,それを仮定した構造で適当に位相を割り当て→そこから回折像を計算して差分を修正,という事をループして収束させて構造を決定します.
*ただ,なんでそのアルゴリズムで像が再構築されるのか?という数学的基礎は不明だとか言う恐ろしい話を聞いた覚えが.なんかうまくいくけど,原理の正当性が不明だから,得られた像が本当に正しいかの保証がない,とか.
似た手法では,照射するコヒーレントなX線(とか電子線)をreference(なんの散乱も受けていないので,位相は一定)とサンプルに照射するものの二つに分割して,両者の干渉をとることでサンプルからの散乱波の位相を決めてやる,という手法もあります.
さて,今回のタイコグラフィーですが,こちらは像を沢山撮影することで差分をとる,というものです.
見たい領域を撮影する際に,少しずつずらしながら多量の回折像を撮影します.例えば100nmサイズの領域を見たいときに,30nm径の電子線を,数nmずつずらしながら撮影するようなものです.図で書くとこんな感じです.
(□が見たい領域全体,■が電子線のあたっている領域)
回折像1枚目
■■■■□□
■■■■□□
■■■■□□
■■■■□□
□□□□□□
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回折像2枚目
□□□□□□
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両者で重なっている以下の図の■の部分,
1111□□
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2222□□
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の部分からは同じ回折パターンが生じているはずです.つまりこの2回の撮影で得られた回折像の差は,1で示した部分と,2で示した部分の差分から生じているわけです.これを使って求めないといけない情報量を減らし,位相を推定します.これを何百,何千という少しずつ位置を変えた回折像に対して行い初期位相を仮定して元構造を推定,そこから得られる干渉波と実際の画像を比較して補正,再度元構造を……というループを延々回して実際の構造を決めてやる,というアルゴリズムです.
他の方も指摘されてますが,X線系,特にXFELのようなコヒーレントな光源を用いたタイコグラフィーはいろいろ行われており,そういう意味では記事等はちょっとミスリーディング.
ただ,電顕を使うことでナノ物質などの構造解析がやりやすいとか,光源としてコンベンショナルな電子線源が使える,という点は優れている点です.
前述のXFELを使ったものなどでは,光源は大規模実験装置ですし,要はレーザーですのでナノサイズの標的に当てるってのも難しくなりますから.
電顕の場合は,そのまま全体構造を確認しながら見たい対象をナノスケールで決め打ちして,その場所の構造を決めるってのが可能ですので.
Re:レンズがない,は言い過ぎな気が (スコア:1)
電顕だとX線と違って集光系が簡単に作れるので信号強度が稼ぎやすそうです.
検出系としては既存の高画素CCD積んでるSTEM/TEM兼用機ならそのまま使える可能性もありそうです.
狙いとしては原子分解能を超えて電子のポテンシャル分布を可視化することでしょうか.
エネルギーフィルターとかと組合せればもっとすごいところまで行きそうです.
Re: (スコア:0)
HWはHAADF検出器をCCDに替えて、2次元情報を得られる様にしたものかな?
構造は簡単っぽいけど、逆FFTでの再構成がキモなんだろうなぁ
つか、Csコレクタ付きSTEMで遊んでみたい…
Re: (スコア:0)
>構造は簡単っぽいけど
まあ、装置としてはニコンのSEM(TEMですらない)の下にCCDくっつけただけだからねえ……
光軸あわせとかは要るんだろうけど。
この会社、光学・X線・電子線を問わず同じような原理の顕微システムを開発してるみたいだから、回折像からの復元部分で結構ノウハウあるんでしょうね。
Re: (スコア:0)
原文眺めてきた
FEI Quantaにgatan Oriusをくっつけたのか
つか、FEIは今だとニコンより島津のイメージが大きいなぁ
含水物突っ込んでin situ観察してみたい…