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先日日記 [srad.jp]にも書いたのでちょっと補足.
素核の理論によれば,素粒子等には電気双極子能率(EDM)が存在するのではないか,と考えられています.要は電気的な双極子モーメントですね.これは電子や,中性子,クォークなどにも存在すると考えられています.電子やクォークでは元々の電荷にプラスして,僅かながら電荷の偏りが生じて,電子の「上下」にδ+とδ-が生じる,というものです.中性子だと,全体としては中性だけど一方がちょっとプラス,他方がちょっとマイナスになる,という.#「上下」の方向は,その素粒子のスピンによって決まります.
この微妙に生じた双極子を,「丸くない成分」と表現しているわけです.そしてこのEDM,理論によって存在は予言されているのですが,見つかると嬉しい点が2つあります.
・嬉しい点1これがもし存在すると,時間反転対称性の破れの直接観測になります.我々の知っている方程式は基本的には時間反転に対称(方程式の時間変数tを-tにする変換を行っても方程式の形は同じ形状となり,物理現象としては許されるものしか生じない)です.
さて,世の中にはCPT対称性というものがあり,方程式において電荷反転(e → -e),パリティ反転(ある一方向の座標x → -x),時間反転(t → -t)を同時に行うと,方程式の形は同じになる,というものが知られています.これは通常の方程式よりもうちょっと本質的な部分から出てくるので,きっと将来もっと良い理論が出てきても破れていない対称性だろう,と考えられています.ところが,実はCP対称性(CTP対称に対し,時間だけはそのままにしたもの)は破れていることが発見されています.つまり,CPだけを反転させると,現実世界では成立しない現象が(ごく一部)出てくる,ということです.CPTを反転させると現実と全く同じ現象が記述でき(と信じられていて),CPだけの反転では現実と異なる現象が現れると言うことは,T対称性は絶対に破れていないといけません.つまり,時間を反転できない物理現象が何か存在しないといけない,ということになります.
マクロな領域ではエントロピー増大など不可逆な現象は知られていますが,個々の粒子に関する相対論やら量子論の理論は時間に対して対称です.もしT対称性の破れが発見できれば,時間がどうして一方向に流れているのか,とか,どうして世界には反粒子より通常粒子の方が圧倒的に多いのか,などの疑問の答え(に繋がるもの)が見つかるのではないか,と期待されています.
さて,ちょっと話を戻しますが,EDMが素粒子に存在するとすると,その分極の方向はスピンによって決まっていると考えられています.例えば,スピンのup方向が必ずδ+になる,というような感じです.さて,時間を反転すると,スピンの方向は反転します(自転のような物なので,時間を反転すると逆回転になる).その一方,電気的な双極子(電荷の分布)は時間を反転しても変化しません.例えば右に正電荷,左に負電荷がある系のフィルムを逆回しにしても,右に正電荷があることは変化しない,ということに対応します.そうすると,スピンの向きは反転するのに,EDMの向きは反転しないことになります.時間反転を行う前はスピンのup方向が必ずδ+と決まっていたのに,時間反転操作を行うと(スピンだけが反転するので)スピンのup方向が必ずδ-となってしまう,つまり時間反転の元では物理現象が異なる(=時間反転対称性が破れている)事の証明になるわけです.
・嬉しい点2さて,このEDMですが,現在の素核の理論として確立している標準模型においては,非常に小さい値が予言されています.具体的には現在観測できる量の10-20桁ほど下です.つまり検出は不可能.ところが標準模型を超える理論,超対称性理論や弦理論の多くでは,(それらの理論で出てくる新粒子との干渉により)もっと遙かに大きな値(10桁以上)が予想されています.つまり,現在の検出限界ギリギリに引っかかってくることになります.そこで,EDM測定の精度を上げていくと,
(a)大きなEDMが発見され標準模型の破綻が明らかになる.新理論の必要性が実験的に出てきたことになる.(b)EDMが発見されず,大きなEDMを予想していた理論から破棄されていく.
という何れかが起こってきます.素核の物理の人的にはaの方が嬉しいのでしょうが,理論に制限がつけられるという意味ではbも捨てた物ではありません.
というわけで,EDM測定の精度を上げていく,という実験の一つが今回報告されている物です.結果は,ラフに言って現状で今までの半分(までは行かないけど)程度を検出できるまで測定精度を上げたけど,まだEDMの検出は出来なかった(まだまだ丸かった)よ,と.今後はもっと改良して精度を上げてEDMを追い込んでいくようですが.
>このあたりの研究って日本ではどこでやってるんですか?
実験でしたら,原子分光,分子分光とか,原子時計周りの技術に近いので,結構いろいろな大学でやられています.確か東大,東工大,阪大あたりはやっていた覚えが.他にも多数あるはずです.単純に言ってしまえば,原子/分子を発生させて,レーザーできっちり励起して,rfの電場/磁場がきれいにかけられれば出来るので,そんなに大がかりな装置は必要ないと思います.真空チャンバー一個の中で完結するというか.#といっても,調整とか安定性を確保するのが大変で経験が必要ですから,やろうと思ってすぐ出来るものでもないでしょうが.
理論になると,それこそ素核の理論をがりがりやってる人がどこにいるか,という話になるので,こちらも結構あちこちにいらっしゃるんじゃないかと.
すいません、良かったら、3行か、5行くらいにまとめてもらえないでしょうか・・・
単一電子の電気双極子を探したけど今の測定限界だと見つからず丸かった.見つかれば時間の進む向きとか反物質消滅の謎を解くきっかけになった(かもしれない)のに残念.まだまだ探すよ!
このまま精度上げていっても見つからないと万物理論(を目指す理論)のほとんどが不可になって理論家涙目.まあそのうち何とかなるだろう.
電子が球=電子に非対称構造がない=双極子成分がないことを理論予測に迫るレベルで確認したよ電子に『時間対称性の破れ』という現在の理論を破綻させる現象が起きるかどうかこの実験方法で分かるかもしれないよ破れの大きさかその上限を観測できれば、たくさんある物理の新理論を大きく絞り込めるよ
#つまりこの実験に予算をくれれば間違った予測を出す新理論をやってる研究者のクビをきれるよ!という(違
電気双極子モーメントに似た「EDM」が存在すると、電子は丸くなくなり、また、時間反転対称性が破れる。「標準模型」を含め、多くの理論ではEDMの存在を仮定しているが、その大きさは理論により異なる。
「CPT対称性」が正しいならば、時間反転対称性の破れが必要なのだが、丸くなかったらそれを示せる。「標準模型」では、今の精度でもまだ十分丸いはず。丸くなかったら「標準模型」の破綻を示せる。逆に、今の精度でもまだ丸いことを示すと、もう丸くなくなってるはずの理論の破綻を示せる。
個人的には、CPT対称性が破れた方が面白そうな気がする。# やっぱり自分は性格が悪いわ
>CPT対称性が破れた方が面白そうな気がする。
確かに。そうなると今検討されてる理論も軒並み修正とか廃棄を余儀なくされるんで凄いことになりそう。
それって某巨大掲示板感覚なのではないかと思うが,その感覚と不可分なのが,“ソースは?”とかいう,込み入ったこと,当人の力量を超える情報の提示はリンク先で示せとのお約束事。
ここでは情緒的な分り易さよりも,論理的でかつ必要に応じて理論的な分り易さを提供する方がずっと好ましいと思う。
そもそも皆さん,長い文章を日々書いたり,読んだりしている訳だし,300行から500行だと少し構えてしまうが,数10行程度だったら,全然問題ないのでは?
最後になるが,phasonさんの解説はいつも分り易くてとても有難い。
ま
と
め
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「科学者は100%安全だと保証できないものは動かしてはならない」、科学者「えっ」、プログラマ「えっ」
電子の形というか (スコア:5, 参考になる)
先日日記 [srad.jp]にも書いたのでちょっと補足.
素核の理論によれば,素粒子等には電気双極子能率(EDM)が存在するのではないか,と考えられています.要は電気的な双極子モーメントですね.
これは電子や,中性子,クォークなどにも存在すると考えられています.電子やクォークでは元々の電荷にプラスして,僅かながら電荷の偏りが生じて,電子の「上下」にδ+とδ-が生じる,というものです.中性子だと,全体としては中性だけど一方がちょっとプラス,他方がちょっとマイナスになる,という.
#「上下」の方向は,その素粒子のスピンによって決まります.
この微妙に生じた双極子を,「丸くない成分」と表現しているわけです.
そしてこのEDM,理論によって存在は予言されているのですが,見つかると嬉しい点が2つあります.
・嬉しい点1
これがもし存在すると,時間反転対称性の破れの直接観測になります.
我々の知っている方程式は基本的には時間反転に対称(方程式の時間変数tを-tにする変換を行っても方程式の形は同じ形状となり,物理現象としては許されるものしか生じない)です.
さて,世の中にはCPT対称性というものがあり,方程式において電荷反転(e → -e),パリティ反転(ある一方向の座標x → -x),時間反転(t → -t)を同時に行うと,方程式の形は同じになる,というものが知られています.これは通常の方程式よりもうちょっと本質的な部分から出てくるので,きっと将来もっと良い理論が出てきても破れていない対称性だろう,と考えられています.
ところが,実はCP対称性(CTP対称に対し,時間だけはそのままにしたもの)は破れていることが発見されています.つまり,CPだけを反転させると,現実世界では成立しない現象が(ごく一部)出てくる,ということです.
CPTを反転させると現実と全く同じ現象が記述でき(と信じられていて),CPだけの反転では現実と異なる現象が現れると言うことは,T対称性は絶対に破れていないといけません.つまり,時間を反転できない物理現象が何か存在しないといけない,ということになります.
マクロな領域ではエントロピー増大など不可逆な現象は知られていますが,個々の粒子に関する相対論やら量子論の理論は時間に対して対称です.もしT対称性の破れが発見できれば,時間がどうして一方向に流れているのか,とか,どうして世界には反粒子より通常粒子の方が圧倒的に多いのか,などの疑問の答え(に繋がるもの)が見つかるのではないか,と期待されています.
さて,ちょっと話を戻しますが,
EDMが素粒子に存在するとすると,その分極の方向はスピンによって決まっていると考えられています.例えば,スピンのup方向が必ずδ+になる,というような感じです.
さて,時間を反転すると,スピンの方向は反転します(自転のような物なので,時間を反転すると逆回転になる).
その一方,電気的な双極子(電荷の分布)は時間を反転しても変化しません.例えば右に正電荷,左に負電荷がある系のフィルムを逆回しにしても,右に正電荷があることは変化しない,ということに対応します.
そうすると,スピンの向きは反転するのに,EDMの向きは反転しないことになります.時間反転を行う前はスピンのup方向が必ずδ+と決まっていたのに,時間反転操作を行うと(スピンだけが反転するので)スピンのup方向が必ずδ-となってしまう,つまり時間反転の元では物理現象が異なる(=時間反転対称性が破れている)事の証明になるわけです.
・嬉しい点2
さて,このEDMですが,現在の素核の理論として確立している標準模型においては,非常に小さい値が予言されています.具体的には現在観測できる量の10-20桁ほど下です.つまり検出は不可能.
ところが標準模型を超える理論,超対称性理論や弦理論の多くでは,(それらの理論で出てくる新粒子との干渉により)もっと遙かに大きな値(10桁以上)が予想されています.つまり,現在の検出限界ギリギリに引っかかってくることになります.
そこで,EDM測定の精度を上げていくと,
(a)大きなEDMが発見され標準模型の破綻が明らかになる.新理論の必要性が実験的に出てきたことになる.
(b)EDMが発見されず,大きなEDMを予想していた理論から破棄されていく.
という何れかが起こってきます.素核の物理の人的にはaの方が嬉しいのでしょうが,理論に制限がつけられるという意味ではbも捨てた物ではありません.
というわけで,EDM測定の精度を上げていく,という実験の一つが今回報告されている物です.
結果は,ラフに言って現状で今までの半分(までは行かないけど)程度を検出できるまで測定精度を上げたけど,まだEDMの検出は出来なかった(まだまだ丸かった)よ,と.今後はもっと改良して精度を上げてEDMを追い込んでいくようですが.
Re:電子の形というか (スコア:1)
KEKあたり?
理論物理はわけわかりません。
Re:電子の形というか (スコア:2, 興味深い)
>このあたりの研究って日本ではどこでやってるんですか?
実験でしたら,原子分光,分子分光とか,原子時計周りの技術に近いので,結構いろいろな大学でやられています.
確か東大,東工大,阪大あたりはやっていた覚えが.他にも多数あるはずです.
単純に言ってしまえば,原子/分子を発生させて,レーザーできっちり励起して,rfの電場/磁場がきれいにかけられれば出来るので,そんなに大がかりな装置は必要ないと思います.真空チャンバー一個の中で完結するというか.
#といっても,調整とか安定性を確保するのが大変で経験が必要ですから,やろうと思ってすぐ出来るものでもないでしょうが.
理論になると,それこそ素核の理論をがりがりやってる人がどこにいるか,という話になるので,こちらも結構あちこちにいらっしゃるんじゃないかと.
Re: (スコア:0, オフトピック)
すいません、良かったら、3行か、5行くらいにまとめてもらえないでしょうか・・・
3……5行か (スコア:5, 参考になる)
単一電子の電気双極子を探したけど今の測定限界だと見つからず丸かった.
見つかれば時間の進む向きとか反物質消滅の謎を解くきっかけになった(かもしれない)のに残念.
まだまだ探すよ!
このまま精度上げていっても見つからないと万物理論(を目指す理論)のほとんどが不可になって理論家涙目.
まあそのうち何とかなるだろう.
Re:電子の形というか (スコア:2, 参考になる)
電子が球=電子に非対称構造がない=双極子成分がないことを理論予測に迫るレベルで確認したよ
電子に『時間対称性の破れ』という現在の理論を破綻させる現象が起きるかどうかこの実験方法で分かるかもしれないよ
破れの大きさかその上限を観測できれば、たくさんある物理の新理論を大きく絞り込めるよ
#つまりこの実験に予算をくれれば間違った予測を出す新理論をやってる研究者のクビをきれるよ!という(違
Re:電子の形というか (スコア:1)
電気双極子モーメントに似た「EDM」が存在すると、電子は丸くなくなり、また、時間反転対称性が破れる。
「標準模型」を含め、多くの理論ではEDMの存在を仮定しているが、その大きさは理論により異なる。
「CPT対称性」が正しいならば、時間反転対称性の破れが必要なのだが、丸くなかったらそれを示せる。
「標準模型」では、今の精度でもまだ十分丸いはず。丸くなかったら「標準模型」の破綻を示せる。
逆に、今の精度でもまだ丸いことを示すと、もう丸くなくなってるはずの理論の破綻を示せる。
1を聞いて0を知れ!
Re:電子の形というか (スコア:1)
個人的には、CPT対称性が破れた方が面白そうな気がする。
# やっぱり自分は性格が悪いわ
Re: (スコア:0)
>CPT対称性が破れた方が面白そうな気がする。
確かに。
そうなると今検討されてる理論も軒並み修正とか廃棄を余儀なくされるんで凄いことになりそう。
3行から5行 (Re:電子の形というか) (スコア:1, すばらしい洞察)
それって某巨大掲示板感覚なのではないかと思うが,その感覚と不可分なのが,“ソースは?”とか
いう,込み入ったこと,当人の力量を超える情報の提示はリンク先で示せとのお約束事。
ここでは情緒的な分り易さよりも,論理的でかつ必要に応じて理論的な分り易さを提供する方がずっと
好ましいと思う。
そもそも皆さん,長い文章を日々書いたり,読んだりしている訳だし,300行から500行だと少し構えて
しまうが,数10行程度だったら,全然問題ないのでは?
最後になるが,phasonさんの解説はいつも分り易くてとても有難い。
Re: (スコア:0)
Re:3行から5行 (Re:電子の形というか) (スコア:1)
ま
と
め
the.ACount