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ちょっと出遅れちゃいましたが、現場の話。私の妻は小学校教師(しかも、以前「低学年の算数専門」をしてたこともある)なので、去年3x5=5x3問題が話題になった時にいろいろ話を聞きました。で、それをちょっとまとめておきます。
○かけ算の順番とは何か?授業の段階では、かけ算は「一当たりの数」×「いくつ分」という順番で考え、一当たりの数を左に「立式する」ことを徹底しています。かけ算は可換だからというコメントはいくつか出ていますが、それはこの場合関係ありません。6x8も8x6も答えは48ですが、「1人あたり6本」×「8人分」で、「6x8」という式になる、立式過程は、8x6で置き換えることはできないのです。単にかけ算の式を書かせるのではなく、「一当たりの数:[___] × いくつ分:[___] = こたえ[___]」のような穴埋めで考えさせるべきだ、という点に関しては議論の余地はかなりあると思います。
○なぜかけ算に順番が必要なのか?割り算でつまづかないためです。こちら [srad.jp]で紹介されているような、「問題文中に出ている数字を、今習っている演算子を適当に埋める」ような天然無能 [srad.jp]はある一定数存在します。そういった児童は、・たし算の単元だから、問題文中の2数をたす・ひき算の単元だから、問題文中の2数のうち大きい方から小さい方をひく・かけ算の単元だから、問題文中の2数をかける・わり算の単元だから、問題文中の2数のうち大きい方を小さい方でわるといったプロセスを辿ります。
ここまでは方法で乗り切れるのですが、分数のわり算になると、「りんご2個を5人で分けました。一人何個になりますか?」という質問に「5÷2=5/2 答え5/2個」ってやっちゃうようになるわけです。この問題をより早期に検出するために、かけ算の段階で、順番を意識させるようにしているわけです。
○教師はどう考えているのか?教師の考え方にはいろいろあります。・盲信派: 「かけ算は可換ではないと信じている」・便法派: 「かけ算は可換だが、教育の便法として順序づけたかけ算を教えている」 ・きつい便法派: とにかく順序を間違えたら×にすべし ・ゆるい便法派: 「授業」の段階では順序は守らなければならないが、前提条件が提示されていない「テスト」では順序が逆でも○にしてもいいだろう
まあ、盲信派はかなり批判の対象でしょうね。去年の3x5=5x3問題のときは教師が盲信派だったのは確実で、そのせいか各所で燃え上がってました。でも、全ての教師が盲信派ではありません。そう決めつけるような教育批判はやめた方がいいかと思います。(今回の6x8問題の場合、教師が盲信派かどうかは不明ですね)
私の妻の場合、大阪府で公立小学校の教師をしているのですが、公立だと都道府県内で異動があるためかその中では考えは統一されているようで、大阪府下の公立小学校教諭はおおむね「便法」として「かけ算を順序付き」で教えているという認識。ただし、「きつい便法派」と「ゆるい便法派」の対立はあります。
○教師個人の考えでこのルールは変更できるのか?同じ学年内、一人の教師で完結しているような、短期的に習熟度などが確認できるようなものに関しては、教師一人の裁量で教え方を変えている場合がよくあります。また、複数の教え方が考えられる場合、どの教え方が有効なのかについての研究も熱心です。定期的に「研究授業」が行われて、教育方法とその効果の違いを比較したりとか教師同士で議論してたりします。例えば、繰り上がりの足し算の方法とか。
ところが、かけ算問題の場合「4年で習う割り算でつまづかないために、2年で習うかけ算に特殊な立式ルールを導入している」というのは状況を難しくしています。小学校の場合、クラス単位で担任が全ての授業を教え、学年が変わると担任が替わりますから、「4年と2年の教師でルールを統一」する必要があります。ですから教師個人の考えで勝手に教え方を変えることができません。学校内の関連する教師が相談して統一ルールを決める必要があるわけです。
ちなみに、私の妻の場合、つまり大阪府の公立小学校の場合、たいていは「きつい便法派=テストでも×」だったが、「ゆるい便法派=テストの時は○」の学校もあったとのこと。
○この教え方は有効なのか?それとも意味がないのか?このかけ算問題に関しては、「2年での教育ルールが4年の習熟状況に影響する」という長期的な視点が必要ですので、方針の有効性が簡単に確認できません。各自「○○が有効だと思う」という思い込みだけを元に議論することになったりするわけです。ここ/.-Jのような外野で「この教え方は問題ない/この教え方は間違えている」というような議論は無意味で、この点に関しては、どっかの教育大学付属小あたりで実験してくれないと結論は出せないと思います。
○この教え方は有効なのか?それとも意味がないのか?
教師の考え方はともかくとして、特定の順序のみが正しいと信じている人がこのように多数育っている現状は教育の失敗と捉えるべきで、黒木さんが提唱しているように、小学校卒業までには「かけ算の順序はどちらでもよい」ということが理解できるようにすることを目標にするべきだと思います。
ある濃度の試薬を調整するときに、加えるべき試薬の量を計算するのに、[濃度]×[作る総量]なのか[作る総量]×[濃度]なのかを悩んでしまう人がいるのも逆順×の弊害なんじゃないかと思っています。
[濃度]=[溶質]/[総量]をもとに総量を両辺にかけるのに、左からかけても右からかけても意味は変わらないってものです。
割り算のために1あたり量を強調しようというのは可能性がある議論ですが、順序は本来関係ないことです。
どっかで実験してくれればいいようなというのはそうですが、もし自分に子供がいたとして、×をつける実験区に入れるのは嫌なので、いいサンプルをつくるのは難しいかもしれないですね。
>小学校卒業までには「かけ算の順序はどちらでもよい」ということが理解できるようにすることを目標にするべきだと思います。
いい加減この手の間違った内容で決め付けた意見はどうにかならないかな。小学校卒業までにそれを教えないというのはどこからの情報?だれが言っているの?
批判するためのでっち上げはいい加減やめましょうよ。
小学校卒業までにそれを教えないというのはどこからの情報?
教えないなどという情報はありません。しかし、十分に達成できていないのは、このストーリーやhttp://blogs.itmedia.co.jp/magic/2011/12/6886-2d5b.html [itmedia.co.jp]http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/1210/467390.htm?o=0&p=0 [yomiuri.co.jp]でのコメントの山をみて判断されることです。
>教えないなどという情報はありません。
では、「小学校卒業までには「かけ算の順序はどちらでもよい」ということが理解できるようにすることを目標にするべきだと思います。」は嘘の情報に基づいた意見ですね。
>しかし、十分に達成できていないのは、このストーリーや
達成できているでしょう。掛け算の前後を入れ替えられるという知識が付いているから、あなたの示した「コメントの山」の中に入れ替えられるという理由がたくさん出てきているのではないですか?自分が自分の意見を否定していることに気づけないの?そんな間違った理解で存在しない状況を勝手に作り上げ、その嘘の状況に対して「~するべき」と言う事に意味はない。害悪ですらある。
>達成できているでしょう。
現に達成できるのなら、こんな当たり前のテーマなんか話題にもなりません。
A.C.基準の達成判定なんて...
> 割り算でつまづかないためです。...この問題をより早期に検出するために、かけ算の段階で、順番を意識させるようにしているわけです。
私の小学生時代の記憶をたどってみると、掛け算と割り算とはまったく別物と理解していました。後に(中学校で?)「割り算は逆数の掛け算」と教わって初めて掛け算と割り算との関係が明確に繋がった覚えがあります。
なので「割り算でつまづかないために、掛け算で順番を意識させる」という理屈はどうも腑に落ちません。
すみません、元のコメントに「かけわり図」について言及するのを忘れてました。
> 掛け算と割り算とはまったく別物と理解していました。
かけ算とわり算において単位を考えることの関係についてはこちら(注:pdfです) [www.ne.jp]などで解説されている「かけわり図」が参考になるかと思います。
逆数という概念を出しませんが、「一当たりの数」「いくつ分」という概念を導入することによって、かけ算とわり算の関係を説明しているのです。
この解説はなかなかよく出来てると思うのですが、ただ一点「盲目的なかけ算順序派」っぽいのだけがちょっと残念だったり。
畑1 ㎡ あたり0.6 çの液体肥料をまきたいと思います。
肥料の単位に使っているキャラクタはグラム記号を意味するような文脈で全然別のキャラクタを強引に流用しているのですが、こういうのはよくあることなのでしょうかね?はじめて見たのでちょっとびっくりしました。
> > 畑1 ㎡ あたり0.6 çの液体肥料をまきたいと思います。> グラム記号を意味するような文脈で全然別のキャラクタを強引に流用している
グラムではなくリットルです。
調べたところ、JustUnitMark(一太郎付属の記号フォント)が使われており、しかもそのフォントはPDF中に埋め込まれていないようです。
私の環境(一太郎入り)では、PDFを見てもちゃんと ℓ が表示されていますので全然気づいてませんでした。
…たぶん作った側は問題に気づいてなくて、見る側も一太郎率が高いのでほとんどの人は気づいていない、とかそういった所だと思います。
#せめて小文字のエルなコードポイントに割り当ててくれていれば、フォントが無い人でもある程度意味は通じるのに、とか、思ってしまいますね。
教育の都合のためには嘘を教えても良いというのが残念です。善意があれば悪い手段も正当化されるのか・・・。
学年がすすめば「実は交換法則はなりたつんだよ。成り立たないとしたのは嘘だったんだねぇ」となるわけで、教育効果は台無しなのでは。割り算でつまづかないためというのは、なんか本末転倒のような気がします。
教育界は、なぜ嘘を教えないですむ教育カリキュラムを開発するということをしないのか、ものすごく疑問です。
#よりによって人間の思惑には左右されないはずの数学の分野というのが皮肉です。
嘘を教えているのとは違うと思う。「特殊な立式ルールを導入している」だけで。
設問内に指定が無い限りは、この場合の立式ルールには正当性がないから批判されているのではないでしょうか。
嘘ではないルール・自然数のみを扱っているときは0の概念はない。・整数のみを扱っているときは小数の概念はない。
実際の問題文に人数と本数の順序が指定してあれば不正解もありえますね。ただし、その場合であっても、算数授業で掛け算に順序があるとおしえるのは嘘でしょう。
> 「問題文中に出ている数字を、今習っている演算子を適当に埋める」ような天然無能
解答者の書いた数式から、解答者の思考の過程を特定しよう、というのが、どだい無理な話だと思いますよ。
天然無能の立てる数式において、数の順番に無頓着な傾向が見出せるだろうことは、私も想像がつきます。ただし「ひと通り理解しているが数の順番には無頓着」とか「別な思考の過程を経た結果、数の順番が出題者の期待と異なる」ような人間もいるだろう、それは天然無能とは別ですよね。
天然無能かもしれない人間を検出するために、まずは数式の書き方でスクリーニングしてみよう、というなら話は分かります。そしてそこから先の分類と個別の指導が肝なのであって、式の書き方が違うからバツ、で済ませるなら乱暴です。
大方の人間はこの乱暴さに対して反応しているように見えます。
天然無能かもしれない人間を検出するために、まずは数式の書き方でスクリーニングしてみよう、というなら話は分かります。そしてそこから先の分類と個別の指導が肝なのであって、式の書き方が違うからバツ、で済ませるなら乱暴です。大方の人間はこの乱暴さに対して反応しているように見えます。
この場合、式の書き方が違うからバツ、で誰か済ませたの?
「乗算の順序が違うからバツ」も「式は合っているけど計算が違うからバツ」も「乗算と加算を取り違えているからバツ」も、バツつけてそれっきりにしたら駄目なのは同じでしょ。
4つの穴があります。各穴それぞれに一つの棒を差し込みました。さて何本の棒がいるでしょうか?
1X4=4 X4X1=4 X1X4=8 ○4X1=8 ○
教師と腐女子、どちらにも共感できんわー
> 、「1人あたり6本」×「8人分」で、「6x8」という式になる、立式過程は、8x6で置き換えることはできないのです。
これは、ウソですね。 そもそも、 1あたり×いくつ分 という
=== 公 式 に あ て は め る こ と が 唯 一 の 正 解 ===
というのが <<< デ タ ラ メ >>> ですが、百歩ゆずって、それを認めるとしても、
1人1本ずつだったら6本だから、6本のかたまりが8つ分
ということで、 6×8でも問題ありません。
「そんな屁理屈は認めん!」 などと言っても駄目ですよ。
小学校では、かけ算の導入してすぐに
遠大な伏線ですが、丸一年空く伏線って意味ありますかね。それに、ローカルながらもルールとする以上は適用範囲を広く統一するために、(数量)×(1あたり量) のほうが、割り算の時にも (全体量)÷(1あたり量) にすんなり転換できそうなものですが。
わかりやすい説明で、今までまったく理解できなかった掛け算の順番を重視する考え方の背景がわかりました。ただ、これって、数学ではなくて、国語の問題ですよね。英語にしたら、順番は反対になりますよね。こんなことに無駄な工数を使っているから、日本の教育は停滞してるんじゃないかというのが、率直な感想です。先生方の誠実さには頭がが下がりつつも、実験しても有意差は出ないと(根拠なく)確認しています。
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コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い -- Joseph Campbell
教育現場の状況 (スコア:4, 参考になる)
ちょっと出遅れちゃいましたが、現場の話。
私の妻は小学校教師(しかも、以前「低学年の算数専門」をしてたこともある)なので、
去年3x5=5x3問題が話題になった時にいろいろ話を聞きました。
で、それをちょっとまとめておきます。
○かけ算の順番とは何か?
授業の段階では、かけ算は「一当たりの数」×「いくつ分」という順番で考え、一当たりの数を左に「立式する」ことを徹底しています。
かけ算は可換だからというコメントはいくつか出ていますが、それはこの場合関係ありません。
6x8も8x6も答えは48ですが、「1人あたり6本」×「8人分」で、「6x8」という式になる、立式過程は、8x6で置き換えることはできないのです。
単にかけ算の式を書かせるのではなく、「一当たりの数:[___] × いくつ分:[___] = こたえ[___]」のような穴埋めで考えさせるべきだ、という点に関しては議論の余地はかなりあると思います。
○なぜかけ算に順番が必要なのか?
割り算でつまづかないためです。こちら [srad.jp]で紹介されているような、「問題文中に出ている数字を、今習っている演算子を適当に埋める」ような天然無能 [srad.jp]はある一定数存在します。そういった児童は、
・たし算の単元だから、問題文中の2数をたす
・ひき算の単元だから、問題文中の2数のうち大きい方から小さい方をひく
・かけ算の単元だから、問題文中の2数をかける
・わり算の単元だから、問題文中の2数のうち大きい方を小さい方でわる
といったプロセスを辿ります。
ここまでは方法で乗り切れるのですが、分数のわり算になると、「りんご2個を5人で分けました。一人何個になりますか?」という質問に「5÷2=5/2 答え5/2個」ってやっちゃうようになるわけです。
この問題をより早期に検出するために、かけ算の段階で、順番を意識させるようにしているわけです。
○教師はどう考えているのか?
教師の考え方にはいろいろあります。
・盲信派: 「かけ算は可換ではないと信じている」
・便法派: 「かけ算は可換だが、教育の便法として順序づけたかけ算を教えている」
・きつい便法派: とにかく順序を間違えたら×にすべし
・ゆるい便法派: 「授業」の段階では順序は守らなければならないが、前提条件が提示されていない「テスト」では順序が逆でも○にしてもいいだろう
まあ、盲信派はかなり批判の対象でしょうね。去年の3x5=5x3問題のときは教師が盲信派だったのは確実で、そのせいか各所で燃え上がってました。
でも、全ての教師が盲信派ではありません。そう決めつけるような教育批判はやめた方がいいかと思います。
(今回の6x8問題の場合、教師が盲信派かどうかは不明ですね)
私の妻の場合、大阪府で公立小学校の教師をしているのですが、公立だと都道府県内で異動があるためかその中では考えは統一されているようで、大阪府下の公立小学校教諭はおおむね「便法」として「かけ算を順序付き」で教えているという認識。ただし、「きつい便法派」と「ゆるい便法派」の対立はあります。
○教師個人の考えでこのルールは変更できるのか?
同じ学年内、一人の教師で完結しているような、短期的に習熟度などが確認できるようなものに関しては、教師一人の裁量で教え方を変えている場合がよくあります。
また、複数の教え方が考えられる場合、どの教え方が有効なのかについての研究も熱心です。定期的に「研究授業」が行われて、教育方法とその効果の違いを比較したりとか教師同士で議論してたりします。
例えば、繰り上がりの足し算の方法とか。
ところが、かけ算問題の場合「4年で習う割り算でつまづかないために、2年で習うかけ算に特殊な立式ルールを導入している」というのは状況を難しくしています。
小学校の場合、クラス単位で担任が全ての授業を教え、学年が変わると担任が替わりますから、「4年と2年の教師でルールを統一」する必要があります。
ですから教師個人の考えで勝手に教え方を変えることができません。学校内の関連する教師が相談して統一ルールを決める必要があるわけです。
ちなみに、私の妻の場合、つまり大阪府の公立小学校の場合、たいていは「きつい便法派=テストでも×」だったが、「ゆるい便法派=テストの時は○」の学校もあったとのこと。
○この教え方は有効なのか?それとも意味がないのか?
このかけ算問題に関しては、「2年での教育ルールが4年の習熟状況に影響する」という長期的な視点が必要ですので、方針の有効性が簡単に確認できません。各自「○○が有効だと思う」という思い込みだけを元に議論することになったりするわけです。
ここ/.-Jのような外野で「この教え方は問題ない/この教え方は間違えている」というような議論は無意味で、この点に関しては、どっかの教育大学付属小あたりで実験してくれないと結論は出せないと思います。
Re:教育現場の状況 (スコア:2)
○この教え方は有効なのか?それとも意味がないのか?
教師の考え方はともかくとして、特定の順序のみが正しいと信じている人がこのように多数育っている現状は教育の失敗と捉えるべきで、黒木さんが提唱しているように、小学校卒業までには「かけ算の順序はどちらでもよい」ということが理解できるようにすることを目標にするべきだと思います。
ある濃度の試薬を調整するときに、加えるべき試薬の量を計算するのに、[濃度]×[作る総量]なのか[作る総量]×[濃度]なのかを悩んでしまう人がいるのも逆順×の弊害なんじゃないかと思っています。
[濃度]=[溶質]/[総量]をもとに総量を両辺にかけるのに、左からかけても右からかけても意味は変わらないってものです。
割り算のために1あたり量を強調しようというのは可能性がある議論ですが、順序は本来関係ないことです。
どっかで実験してくれればいいようなというのはそうですが、もし自分に子供がいたとして、×をつける実験区に入れるのは嫌なので、いいサンプルをつくるのは難しいかもしれないですね。
Re:教育現場の状況 (スコア:1)
>小学校卒業までには「かけ算の順序はどちらでもよい」ということが理解できるようにすることを目標にするべきだと思います。
いい加減この手の間違った内容で決め付けた意見はどうにかならないかな。
小学校卒業までにそれを教えないというのはどこからの情報?
だれが言っているの?
批判するためのでっち上げはいい加減やめましょうよ。
Re:教育現場の状況 (スコア:2)
小学校卒業までにそれを教えないというのはどこからの情報?
教えないなどという情報はありません。
しかし、十分に達成できていないのは、このストーリーや
http://blogs.itmedia.co.jp/magic/2011/12/6886-2d5b.html [itmedia.co.jp]
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/1210/467390.htm?o=0&p=0 [yomiuri.co.jp]
でのコメントの山をみて判断されることです。
Re:教育現場の状況 (スコア:2)
>教えないなどという情報はありません。
では、「小学校卒業までには「かけ算の順序はどちらでもよい」ということが理解できるようにすることを目標にするべきだと思います。」は嘘の情報に基づいた意見ですね。
>しかし、十分に達成できていないのは、このストーリーや
達成できているでしょう。
掛け算の前後を入れ替えられるという知識が付いているから、あなたの示した「コメントの山」の中に入れ替えられるという理由がたくさん出てきているのではないですか?
自分が自分の意見を否定していることに気づけないの?
そんな間違った理解で存在しない状況を勝手に作り上げ、その嘘の状況に対して「~するべき」と言う事に意味はない。害悪ですらある。
Re: (スコア:0)
>達成できているでしょう。
現に達成できるのなら、こんな当たり前のテーマなんか話題にもなりません。
Re:教育現場の状況 (スコア:1)
A.C.基準の達成判定なんて...
Re: (スコア:0)
> 割り算でつまづかないためです。...この問題をより早期に検出するために、かけ算の段階で、順番を意識させるようにしているわけです。
私の小学生時代の記憶をたどってみると、掛け算と割り算とはまったく別物と理解していました。
後に(中学校で?)「割り算は逆数の掛け算」と教わって初めて掛け算と割り算との関係が明確に繋がった覚えがあります。
なので「割り算でつまづかないために、掛け算で順番を意識させる」という理屈はどうも腑に落ちません。
Re:教育現場の状況 (スコア:1)
すみません、元のコメントに「かけわり図」について言及するのを忘れてました。
> 掛け算と割り算とはまったく別物と理解していました。
かけ算とわり算において単位を考えることの関係についてはこちら(注:pdfです) [www.ne.jp]などで解説されている「かけわり図」が参考になるかと思います。
逆数という概念を出しませんが、「一当たりの数」「いくつ分」という概念を導入することによって、かけ算とわり算の関係を説明しているのです。
この解説はなかなかよく出来てると思うのですが、ただ一点「盲目的なかけ算順序派」っぽいのだけがちょっと残念だったり。
誤字(?)が残念(オフトピ: -1) (スコア:1)
肥料の単位に使っているキャラクタはグラム記号を意味するような文脈で全然別のキャラクタを強引に流用しているのですが、こういうのはよくあることなのでしょうかね?はじめて見たのでちょっとびっくりしました。
Re:誤字(?)が残念(オフトピ: -1) (スコア:1)
> > 畑1 ㎡ あたり0.6 çの液体肥料をまきたいと思います。
> グラム記号を意味するような文脈で全然別のキャラクタを強引に流用している
グラムではなくリットルです。
調べたところ、JustUnitMark(一太郎付属の記号フォント)が使われており、しかもそのフォントはPDF中に埋め込まれていないようです。
私の環境(一太郎入り)では、PDFを見てもちゃんと ℓ が表示されていますので全然気づいてませんでした。
…たぶん作った側は問題に気づいてなくて、見る側も一太郎率が高いのでほとんどの人は気づいていない、とかそういった所だと思います。
#せめて小文字のエルなコードポイントに割り当ててくれていれば、フォントが無い人でもある程度意味は通じるのに、とか、思ってしまいますね。
Re: (スコア:0)
Re: (スコア:0)
教育の都合のためには嘘を教えても良いというのが残念です。
善意があれば悪い手段も正当化されるのか・・・。
学年がすすめば「実は交換法則はなりたつんだよ。成り立たないとしたのは嘘だったんだねぇ」となるわけで、
教育効果は台無しなのでは。
割り算でつまづかないためというのは、なんか本末転倒のような気がします。
教育界は、なぜ嘘を教えないですむ教育カリキュラムを開発するということをしないのか、
ものすごく疑問です。
#よりによって人間の思惑には左右されないはずの数学の分野というのが皮肉です。
Re: (スコア:0)
嘘を教えているのとは違うと思う。
「特殊な立式ルールを導入している」だけで。
Re: (スコア:0)
設問内に指定が無い限りは、
この場合の立式ルールには正当性がないから批判されているのではないでしょうか。
嘘ではないルール
・自然数のみを扱っているときは0の概念はない。
・整数のみを扱っているときは小数の概念はない。
実際の問題文に人数と本数の順序が指定してあれば不正解もありえますね。
ただし、その場合であっても、算数授業で掛け算に順序があるとおしえるのは嘘でしょう。
Re: (スコア:0)
> 「問題文中に出ている数字を、今習っている演算子を適当に埋める」ような天然無能
解答者の書いた数式から、解答者の思考の過程を特定しよう、というのが、どだい無理な話だと思いますよ。
天然無能の立てる数式において、数の順番に無頓着な傾向が見出せるだろうことは、私も想像がつきます。
ただし「ひと通り理解しているが数の順番には無頓着」とか「別な思考の過程を経た結果、数の順番が出題者の期待と異なる」ような人間もいるだろう、それは天然無能とは別ですよね。
天然無能かもしれない人間を検出するために、まずは数式の書き方でスクリーニングしてみよう、というなら話は分かります。そしてそこから先の分類と個別の指導が肝なのであって、式の書き方が違うからバツ、で済ませるなら乱暴です。
大方の人間はこの乱暴さに対して反応しているように見えます。
Re:教育現場の状況 (スコア:2)
この場合、式の書き方が違うからバツ、で誰か済ませたの?
「乗算の順序が違うからバツ」も「式は合っているけど計算が違うからバツ」も「乗算と加算を取り違えているからバツ」も、バツつけてそれっきりにしたら駄目なのは同じでしょ。
腐女子算 (スコア:0)
4つの穴があります。各穴それぞれに一つの棒を差し込みました。
さて何本の棒がいるでしょうか?
1X4=4 X
4X1=4 X
1X4=8 ○
4X1=8 ○
教師と腐女子、どちらにも共感できんわー
Re: (スコア:0)
> 、「1人あたり6本」×「8人分」で、「6x8」という式になる、立式過程は、8x6で置き換えることはできないのです。
これは、ウソですね。
そもそも、 1あたり×いくつ分 という
=== 公 式 に あ て は め る こ と が 唯 一 の 正 解 ===
というのが <<< デ タ ラ メ >>> ですが、百歩ゆずって、それを認めるとしても、
1人1本ずつだったら6本だから、6本のかたまりが8つ分
ということで、 6×8でも問題ありません。
「そんな屁理屈は認めん!」 などと言っても駄目ですよ。
小学校では、かけ算の導入してすぐに
Re: (スコア:0)
ところが、かけ算問題の場合「4年で習う割り算でつまづかないために、2年で習うかけ算に特殊な立式ルールを導入している」というのは状況を難しくしています。
小学校の場合、クラス単位で担任が全ての授業を教え、学年が変わると担任が替わりますから、「4年と2年の教師でルールを統一」する必要があります。
ですから教師個人の考えで勝手に教え方を変えることができません。学校内の関連する教師が相談して統一ルールを決める必要があるわけです。
遠大な伏線ですが、丸一年空く伏線って意味ありますかね。
それに、ローカルながらもルールとする以上は適用範囲を広く統一するために、
(数量)×(1あたり量) のほうが、割り算の時にも (全体量)÷(1あたり量) にすんなり転換できそうなものですが。
Re: (スコア:0)
わかりやすい説明で、今までまったく理解できなかった掛け算の順番を重視する考え方の背景がわかりました。
ただ、これって、数学ではなくて、国語の問題ですよね。英語にしたら、順番は反対になりますよね。
こんなことに無駄な工数を使っているから、日本の教育は停滞してるんじゃないかというのが、率直な感想です。
先生方の誠実さには頭がが下がりつつも、実験しても有意差は出ないと(根拠なく)確認しています。