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「動物は時としてコミュニティの利益に身を供する」で説明つくことでは?人間でも、野生動物でも、本能的にそういう性質を持ってるわけです。
利己も利他も両方あって、どっちかが効率いいという考えがよくわからない。
数学的に最適ではない行動をするものが生き残っている、その理由とはなにか?
その数学モデルが完全じゃないのか、それとも淘汰という考え方そのものがまちがってるのではないか?
効率がいい悪いなんて話してませんよ。
淘汰の概念それ自体は間違っているとは考え得ないと思います。品種改良された家畜や愛玩動物といったものは、人為的な観点から淘汰圧を操作している事例なのです。ただ、淘汰自体は自然環境だったり天敵だったりウイルスだったり異性だったり人為操作だったり細胞の組成だったり色々なわけで、これら全てをパラメータ化して分析するのは、控えめにいっても非常に困難でしょう。
また、遺伝子の変異はコピーミスによるズレや欠損、重複などで生じるため、大きなメリットを持った変異と隣り合った小さなデメリットが(一緒にコピーされるなどして)相乗りする可能性も
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普通のやつらの下を行け -- バッドノウハウ専門家
無私無欲の行為 (スコア:0)
「動物は時としてコミュニティの利益に身を供する」
で説明つくことでは?
人間でも、野生動物でも、本能的にそういう性質を持ってるわけです。
利己も利他も両方あって、
どっちかが効率いいという考えがよくわからない。
Re:無私無欲の行為 (スコア:0)
数学的に最適ではない行動をするものが生き残っている、
その理由とはなにか?
その数学モデルが完全じゃないのか、それとも淘汰という考え方そのものが
まちがってるのではないか?
効率がいい悪いなんて話してませんよ。
Re: (スコア:0)
淘汰の概念それ自体は間違っているとは考え得ないと思います。
品種改良された家畜や愛玩動物といったものは、人為的な観点から淘汰圧を操作している事例なのです。
ただ、淘汰自体は自然環境だったり天敵だったりウイルスだったり異性だったり人為操作だったり細胞の組成だったり色々なわけで、これら全てをパラメータ化して分析するのは、控えめにいっても非常に困難でしょう。
また、遺伝子の変異はコピーミスによるズレや欠損、重複などで生じるため、大きなメリットを持った変異と隣り合った小さなデメリットが(一緒にコピーされるなどして)相乗りする可能性も