微細構造定数は定数ではないかもしれない 36
ストーリー by reo
VLT大活躍 部門より
VLT大活躍 部門より
capra 曰く、
量子力学における定数である「微細構造定数」が定数ではないかもしれないという研究が発表されたそうだ (Physics Buzz の記事、本家 /. 記事、DOI: 10.1103/PhysRevLett.107.191101より) 。
光が原子にぶつかると特定の波長が電子に吸収される。吸収される波長は原子によって異なるため、これを利用して遠くの物体がどのような原子により構成されているかを判別できる。吸収された波長は光をプリズムにあてると黒い線 (スペクトル線) として表れるのだが、ハワイのケック望遠鏡およびチリの超大型望遠鏡 VLT を用いて 300 以上のクエーサーの分光的特徴を詳しく調べたところこのスペクトル線が想定と異なる箇所やパターンで表れたとのこと。研究者らによると今回の調査でマグネシウムやニッケル、クロムや亜鉛などのイオンがあるべき波長と異なる波長を吸収していることが確認されたというのだ。
今回の研究では北半球のクエーサーでは微細構造定数はαより僅かに小さい値を示し、南半球では僅かに高い値を示していたという。研究者らはこの現象を検証の上、電磁気力の強さを表す定数である微細構造定数 (通常αで表される) の変化が原因ではないかと結論づけたとのこと。この論文は大きな議論を呼んだため掲載されるまで 1 年以上もかかったという。
時間変化する物理定数 (スコア:5, 参考になる)
物理「定数」が時間変化してるんじゃないか?と言う議論は,現代物理に限ればおそらくディラックの議論あたりに遡ると思います.
ディラックは,基本的な素粒子,例えば陽子(当時はクォークの存在は無かったので)を考えると,そこに働く重力と電磁気力の力の比が40桁ぐらいも異なることに非常に不満を持っていました(電磁気力の方が圧倒的に強い).
彼の美意識的には,こういった宇宙の「基本的な数」は全て同じぐらいの桁(せいぜい数桁の差)に納まってる方がおさまりが良かったわけです.
まあ,機械を分解したら直径1000兆光年の歯車と直径1nmのスイッチが入ってた,という様な比率なんで,その感覚は何となくわからんでも無いですが.
そして彼は基本となりそうな様々な数を調べ,その比を取ってみたところ,
・重力と電磁気力:40桁ぐらい違う
・陽子の半径を光速で割ったもの(彼的な時間の最小単位)と宇宙の年齢:40桁ぐらい違う
・推定された核子の数:(1040)2
と,1040あたりに関係しそうな数がいくつか出てきました.そこで彼は,「これらの数字は実は関係していて,例えば電磁気力と重力の強さの比は,宇宙の年齢とともにどんどん大きくなっている(力の比 を 宇宙の年齢 で割ったものが,常に1前後の定数になる)」という仮説(大数仮説)を提唱します.
まあ,この仮説自体は現代に至る精密計測で否定されたのですが,これ以降「物理定数とされている各種の数は,実は定数ではない(時間変化,空間変化している)のかも知れない」という研究が行われるようになります.
(弦理論などでは異なる宇宙では異なる結合定数を持つ可能性が指摘されていますし,場合によってはそれが時間変化する可能性も否定できないので,基本的にはそれほど無茶なアイディアというわけではありません)
そんなわけでいろいろな計測が行われています.例えば相対論に代わる重力理論としての万有引力定数が時間変化するモデルなども研究されています.
そういった研究の中で,最も精力的に研究されているのが微細構造定数です.この定数は電磁気力と結びついた定数なわけですが,電磁気力というのは非常に強く測定がしやすい,また世の中の大抵の事象は電磁気力に由来するため,研究がやりやすい(関連する物理現象が幅広い),そして何より電磁気関連の技術が発達しているので計測上有利,と言った特徴があります.
(なお,この定数が変化しているとすると,光速度かプランク定数か素電荷かのうち,少なくとも一つは変化していることになります)
今回の論文で使われているのはクエーサーの分光という典型的な手法です.原子の吸収/発光スペクトルは,内部の準位に応じた構造を持つわけですが,この構造の中に微細構造定数αの2乗であるとか,4乗に比例する項があります.遠方の星ですので運動によるドップラーシフトだとか空間の膨張による赤方変位によりスペクトルが変化しますが,それを例えばαの2乗に関連するスペクトルで規格化し,4乗の方の位置のズレを検出することで,αの値が現在(我々の周囲での実験結果)とクエーサーから光が出た段階(遙か過去)で異なるのかどうか,が検出できるわけです.
しかしながら,やはり遠方から来る光を分光して細かい構造を調べる,というのはなかなかに難しく,例えば今回の論文を出してるグループは1999年と2001年にも同様に「αにズレがあった」と報告し,その後別グループが「もっとサンプル数を増やして調べたが,そのようなズレはなかった」という否定的な報告をしています.でまあ,それに対し今回また,「さらにサンプル数を増やした俺らの分析ではやっぱりズレがあった」という論文が出てきた,と.
(また数年後に別グループから「いややっぱりそんなのは無い」という論文が出る気がします)
なお,微細構造定数の変化に関しては,クエーサーを使う手法は精度は低いけど比較する時間間隔を非常に長くする(要は現代と100億年前レベルのものを比較している)事で変化を見やすくしようとする手法ですが,これとは別に,光周波数コムと言うような光の周波数を超々精密に測定できる手法を使い,短い実験時間(せいぜい年単位)の中での微少な(あるかも知れない)変化を超精密な手法で検出する,という実験なども提案されています(現在鋭意精度を上昇中).
実際のところ,クエーサーを用いた計測やオクロの自然原子炉を用いた手法だと,様々なモデルを使って外的な影響を除いて計算する必要があり,α以外の影響を受ける可能性が指摘されています.そのため,外的なパラメータの制御が容易なこの手の実験室系での実験というのが有望視されているわけです.確かあと1-3桁ぐらい精度が上がればこっちの方が既存の方式より良くなるはずなんで,もう2-30年もすればもうちょっと精密な議論ができるんじゃないかなあと.
Re: (スコア:0)
毎度解説ありがとうございますm(_ _)m
Re: (スコア:0)
> (なお,この定数が変化しているとすると,光速度かプランク定数か素電荷かのうち,少なくとも一つは変化していることになります)
もしプランク定数が変化するなんてことになったら質量の新定義がゆらぎかねないのではと思ったのですが、どうなんでしょう?
Re:時間変化する物理定数 (スコア:2)
キログラムの定義に使おうとしているアボガドロ定数だとかプランク定数の現時点での測定精度は8-9桁ぐらいだったと思います.
一方の微細構造定数ですが,とりあえずこれまでの研究などから時間変動の割合(Δα/α)は10-17 / year 以下だろうと言われています.
#オクロ原子炉の分析に基づき,変動率が一定と仮定.
だからまあ,上限ぐらいのズレがあっても,1万年とかそこいらは大丈夫なんじゃないでしょうか.
#1万年でも10-13ぐらい,今より数桁要求精度が上がっても大丈夫.
それよりもっと先は,きっとその頃の人が何か良い方法でも考えてくれてますよきっと.
Re:時間変化する物理定数 (スコア:1)
プランク定数が変化するという話だと、そのものずばりネタにしたSFがラッカーにありますよ。
ルーディ・ラッカー「時空の支配者」 [amazon.co.jp]
かなりマッドなSFなので読みにくい(?)ですけども……。
phasonのおっしゃっておられるディラックのお話あたりは、ちくまから文庫が出ています。
ディラック現代物理学講義 (ちくま学芸文庫) [amazon.co.jp]
これはまだ出版されている文庫なので入手しやすいです。ちらちらつまみ読みするくらいなら、大学一般教養レベルの物理学と数学の知識があれば大丈夫。
宇宙オワタ (スコア:2)
将来的にこの宇宙で生きていけなくなるかもしれないのですが、どこかに引っ越したほうがよいでしょうか?
てつちゃんより (スコア:0)
のび太君ちに引っ越しなさい。ドラえもんが何とかしてくれるよ。
なぜわかるの? (スコア:2)
スペクトルの吸収線からの推定でないのなら、そもそもそこに特定の物質のイオンがあることはどうやって想定したんだろ?
Re:なぜわかるの? (スコア:1)
1種類の物質が1本だけとは限らずに、複数の線が全て同じ間隔でずれてたりするんじゃない?
α≠(e^2) / (ℏ c 4π ε0) ? (スコア:1)
Wikipedia見ると
って書いてあるんですが,今回の論文が示唆してるのって
のどっちなんでしょう?
# それとも私の理解が追いついていないだけで,どちらでもないのか…
Re:α≠(e^2) / (ℏ c 4π ε0) ? (スコア:2)
Re: (スコア:0)
0と1ばかりからなるメッセージが隠されてるんじゃなくて?
Re: (スコア:0)
普段は1に見える別のパラメータが入ってるかもしれない
Re: (スコア:0)
微細構造定数の式は計算で出せるものなので、後者と思います。
微細構造定数(異常磁気能率) [biglobe.ne.jp]
都合の悪いことは真空の責任に (スコア:0)
今回もたぶん真空の誘電率/透磁率に押し付けられるだろう
Re:都合の悪いことは真空の責任に (スコア:1)
真空の誘電率なんて、3元単位系で済むのを4元単位系にしたため無駄に入った無意味な定義定数に過ぎないでしょ。
まあ、eやhよりcの方が変化する余地があるとは思うが。
the.ACount
Re: (スコア:0)
相転移が起きた/起きることにすればエネルギー保存則すら何のそのだからね。
真空のエネルギーを合わせればエネルギー保存則は破れていないと言い張るんだろうけどエネルギー保存則が破れないように真空のエネルギーを定義しておいて平然とそう主張するのはさすがにちょっとどうかと思うよね。
ところで真空の誘電率/透磁率が変化したら光速が変化すると思うんだけどそれってそもそも微細構造定数が一定という前提のもとの計算だっけ?
Re: (スコア:0)
高校が、微細構造定数はおよそ137の1って教える世界が現れるならそれはそれで胸が熱くなるな
これが有名な (スコア:1)
南北格差ってやつですか?
なんで、地球の南北が関係してるのだろうか^^;
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惑星ケイロンまであと何マイル?
Re:これが有名な (スコア:2)
先生ノシ (スコア:0)
以下の項目には関係あるのでしょうか?
・赤方偏移
・ダークマター/ダークエナージー
・宇宙背景放射
・宇宙の年齢
微細構造定数の変化をネタにしたSS (スコア:0)
微細構造定数なるものの存在はぐぐってる最中にたまたま見つけたこのSSで初めて知った。 http://sf-fantasy.com/magazine/novel_s/takamoto/zniindex.shtml [sf-fantasy.com]
前編の http://sf-fantasy.com/magazine/novel_s/takamoto/nounindex.shtml [sf-fantasy.com] を先に読まないと意味不明かも
Re:微細構造定数の変化をネタにしたSS (スコア:4, おもしろおかしい)
↓のSSかと思ったら違った。けど、これなにげに微細構造定数は出てきてないんだな。
ランダウ「そう・・旨いよ、リフシッツ・・すごく・・・もう電子遷移しそうだよ・・」
時間と共に激しさを増すリフシッツの離散準位に、ランダウは質量欠損していた。
正直、いまだ子供のリフシッツでは充分満足できる異常ゼーマン効果は得られないと思っていたのだが、
リフシッツの激しい離散準位は思った以上のコヒーレント状態。
リフシッツ「お兄ちゃん、どう?フーリエ展開?」
ランダウ「あぁ・・・すごく、球面調和関数だよ・・」
ランダウの上で重力崩壊するリフシッツの微細構造を愛撫する。
ランダウ「愛してるよ、リフシッツ・・・こんなに場の量子化しちゃった以上、もうお前を共変微分したりしないから・・・・・・・」
リフシッツ「うん・・・ぅ、ん・・共変・・微分しないでっ・・私たち・・もうディラックスピノールなんだから・・・!」
ランダウはリフシッツの運動量エネルギーテンソルを舌で反対称化し、リフシッツはハミルトニアン密度をを更にゲージ変換する。
ランダウ「ああ・・・お前は最高の核磁気断熱消磁冷却だよ・・!」
リフシッツ「私・・もう・・・ダメ・・・エルゴ領域・・・!」
リフシッツのファインマン核はもう無限多重積分だ。
リフシッツ「あ、あぁ・・・ぁぁあああっ・・・っっっっ!」
リフシッツの対称性が自発的に破れた・・・・・・。
1を聞いて0を知れ!
超大型望遠鏡VLTってなんだよ (スコア:0)
VLTがVery large telescopeだろうが!
重箱の隅のスミ (スコア:0)
超大型望遠鏡(Very large telescope略してVLT) って書いてあればお気に召しましたか。
定義式 (スコア:0)
e^2/2hcε0 のどれかが定数じゃない(かも)ってこと?
(エイチバーが出なかったのでh/2πで整理)
Re: (スコア:0)
ℏ(当たり前だけど&も小文字ね)でOK
ℏ
Re: (スコア:0)
大文字の&というのは寡聞にして知らないのですが、どういったものですか? ℏ
オクロの天然原子炉 (スコア:0)
とりあえずリンクだけ貼っとくわ
オクロの天然原子炉 [wikipedia.org]
距離方向には積分済みの情報 (スコア:0)
> このスペクトル線が想定と異なる箇所やパターンで表れたとのこと。
別の距離にある吸収源が混じってるとかは無いのかな?
素人目には、宇宙の観測じゃなくて、もっと、実験室レベルでコントロール
された実験ができそう気がするのだけど、そんなことはないのかな。
Re:距離方向には積分済みの情報 (スコア:2)
やぁ (スコア:0)
光速度は定数じゃなかったんだ。なにか質問はあるかい?
Re: (スコア:0)
any questions?と片目腫れ上がったファインマンが言ったのを想像してしまいました。
ホイーラーの宇宙規模の遅延選択だ (スコア:0)
「観測による創世」
強い人間原理ともいう。
観測によって宇宙が創造される。
約5億4500万年前のカンブリア紀に目を持った生物が生まれ、ぼんやりとした宇宙が生まれた。
観測した時から時間の前後に宇宙が拡大していき、片方はビッグバン、もう片方は現在に達した。
現在は人間によって細部を固めつつある。
Re: (スコア:0)
ちなみに地磁気の影響で異なる観測をしたので異なる宇宙定数をもった宇宙が生まれたと思われる。
宇宙は観測されるまで存在しない (スコア:0)
地球磁場による偏光した光で観測したため、創世された宇宙の宇宙定数が変わってしまったんだろう。
偏光した光を基準に作られた宇宙は磁場がかかったような振る舞いを見せ、結果として
微細構造定数が北半球と南半球の宇宙で違ったものになってしまった。
遅延選択実験はある程度、観測で過去を変えられることを示しているが、宇宙の広い範囲を変えてしまった
ものと思われる。
遅延選択実験から宇宙の過去の変更というアイデアをだしたのは物理学者 ジョン・ホイーラーだけど
どうやら本当にあったみたいだ。
遅延選択実験で現象は確認されてるんだし、宇宙で起こっても不思議はないだろうが、怖い話だ。