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長野県の霧ケ峰の黒曜石で作られた矢尻、620km離れた北海道前期~中期縄文遺跡(5千~4.5千年前)で出土 39

ストーリー by hylom
620kmなら徒歩で移動できる距離ということか 部門より

北海道福島町・館崎遺跡で縄文前期~中期の地層から出土した黒曜石製の矢尻が、長野県・霧ケ峰周辺の黒曜石で作られたものであることが明らかになった(共同通信日経新聞)。道内で本州産の黒曜石の矢尻が見つかったのは初めてだという。

霧ケ峰周辺から福島町までは直線距離でおよそ620kmあるとのことで、縄文人が海を越えて交流していた証拠になるという。

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  • この大きさ、重さだと (スコア:3, おもしろおかしい)

    by ton-nura (47647) on 2016年06月02日 6時26分 (#3022681)

    刺さった状態の動物が移動する事も考慮した方が良いでしょうねえ。
    可能性のひとつとして。

    • Re:この大きさ、重さだと (スコア:2, おもしろおかしい)

      by Anonymous Coward on 2016年06月02日 7時58分 (#3022703)

      なるほど。
      620kmも矢が飛んだとばかり思っていた。

      親コメント
      • by Anonymous Coward on 2016年06月02日 8時57分 (#3022721)

        時代は下りますが、弘法大師が投げた三鈷杵は日本海を飛び越えましたよ。
        まだご存命のようですから、オリンピックの投擲競技に出ていただきたいものです。

        親コメント
    • by Anonymous Coward on 2016年06月02日 7時51分 (#3022700)

      館崎集落の衛兵「昔はお前のような冒険者だったが、膝に矢を受けてしまってな…」

      親コメント
      • by Anonymous Coward

        霧ケ峰周辺集落の衛兵「昔はお前のような冒険者だったが、膝に矢を受けてしまってな…」

    • >矢尻は長さ2.2センチ、幅1.8センチ、厚さ0.4センチ、重さは0.9グラムだった。
      ざっくりだけど、1円玉を矢じり型に変形させた程度の大きさですね

      海峡を越えているので鳥類の可能性が考えられるけど、2cmの矢じりを抱えて650kmも移動できますかね?
      (福島町は青函トンネルの出口付近なので、海峡の距離は直線で20km強)
      仮に鹿程度の動物だとしても、矢じりだけを体内に残して長野周辺で捕獲されなかった動物が
      海峡を含む650kmもの行程をなぜか移動した後に福島町の集落周辺で捕獲されて
      さらに取り出された矢じりが集落に持ち込まれて、ほぼ無傷の状態で出土されるという奇跡を期待するより
      人為的な手段で移動させた大量の矢じりの一つが出土したと考えるほうが素直では無いでしょうか?

      親コメント
      • by Anonymous Coward

        鹿の海峡越えは当時の地理的にどうなのか知りませんが、
        鳥の例はそんな疑問視するシチュエーションですかね?

        • これ以外にも色々コメントいただいておりますが
          限られた一定の条件において、可能か不可能かと言われれば可能でしょうけど、
          そんなに確率の高い事象とは思え無い
          さらにコメントツリーが延びるほど条件限定または条件変更されていますね
          (刺さった状態で移動->傷でなければ可能->飲み込んだなら可能->渡り鳥なら可能)

          今回の事象を再現するには、様々な素過程における確率がそれなりに高い必要があります
          それよりは、当時でもそれなりの移動技術を持っていることが分かっている
          人間の関与のほうが可能性が高いと思いますけど、、、、

          元コメントはおもおかモデなので、ネタと判断されているようですね

          親コメント
          • ネタ半分、本気半分といった所です。
            矢が刺さった動物(鳥類)がどの位行動できるか、は考古学者の知見の及ぶ範囲ではないよなあ、と想像してしまったので。
            もちろん私も詳しくはないですし、人が運んだと考える方が自然でありロマンもあると思います。

            親コメント
          • by Anonymous Coward

            人為的なものでなければ、途中経路でも出土していないとおかしな話になるよねえ
            (集落付近が発掘されやすいというのはあるだろうけど)

            見つかった集落に鶴やらの渡り鳥の骨がちょこちょこ見つかってるとかなら可能性はあるかな

          • by Anonymous Coward

            「思え無い」

        • by Anonymous Coward

          1gなんて、足まわりの羽毛についた水程度の重量で、体重増加要因としては誤差程度でしかないから
          致命的でなく体の中に残された矢尻なら問題なく渡るでしょうね

          • by Anonymous Coward

            サイズ的には刺さった状態でなく飲み込んだ状態で移動していても不思議じゃないかと。

            • by Anonymous Coward

              そもそも、矢じりだけ刺さった状態になるってのが稀な状況
              縄文人の矢の構造は知らないが、そんなにひょいひょい抜けるなんて構造上よわいだろうし、屋が外れた時なんか探すの大変になる

              状況としては矢が刺さったままか、折れてるかくらいのほうがあると思うが
              まあ、矢ガモなんかもいたことだし、なくはないにせよ、邪魔くさそうなのは確か

      • by Anonymous Coward

        矢ガモの例を見ると、絶対ないとはいえないかな。
        可能性としてはやっぱ人間が船で運んだほうが高いでしょうけど。
        前者を否定できるほど、人間にとっても簡単な話ではない。

      • by Anonymous Coward

        クジラとかイルカあたりの可能性はどうだろうか、あの大きさなら2cmの矢じりぐらいでは即座の致命傷にはなるまい

    • by Anonymous Coward

      相手が渡り鳥だったら可能性は十分あるよね

    • by Anonymous Coward

      膝に矢を受けてしまったりするわけですね、わかります。

      場所によっては麻酔無しの外科手術で取り出すより、放置した方が痛くないしいいやって判断はありかも。
      まあその場合は遺骨と共に出土しそうだが。

    • by Anonymous Coward

      縄文時代にはあちこちにワープポイントがあった可能性とか、
      長野と北海道の距離がもっと近かった可能性もあるかもしれません。

  • 三内丸山遺跡でも長野県霧ケ峰の黒曜石が見つかってるので [aomori.jp]
    各地のそういう大きな集落を経由しながら
    原始的な交易のような形で運ばれたのかなあ?

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  • by manmos (29892) on 2016年06月02日 11時48分 (#3022838) 日記

    縄文時代の商人たち [amazon.co.jp]という本が大分前にでていました。

    日本海側を船で移動したと考えられる様々なものが縄文期の遺跡から出てきます。黒曜石はその代表的なものですが、縄文期日本でも北海道や長野、伊豆などが代表的産地です。青森でも本州産だけでなく北海道産の黒曜石が発掘されているそうです。

    ただ、北海道の産地(網走の方)は今回の発掘地点からかなり遠いようです。

  • by clay (41656) on 2016年06月02日 9時05分 (#3022730) 日記

    らしいですね

    http://portal.nifty.com/2011/06/04/c/ [nifty.com]

  • by Anonymous Coward on 2016年06月02日 6時30分 (#3022682)

    もう一人いただけだったりして。

  • by Anonymous Coward on 2016年06月02日 6時47分 (#3022684)

    黒曜石の産地は伊豆諸島の神津島もそうで、海を越えて広く流通してたはず。
    今更ながらの記事の気がします。
    当時の航海技術とかどうなってたんだろう?
    安定志向の現日本人と違って、とんでもなくアグレッシブだったんだろうね。

    • 興味深いのは、そもそも北海道が黒曜石の大産地で、たとえば白滝産の石器がサハリンとか北方領土でも見つかってるんですよね。
      ということで、アグレッシブなのもさることながら流れる方向としても意味のある発見なのではと思います。

      親コメント
      • by T.SKG (20663) on 2016年06月02日 10時23分 (#3022786) 日記

        西の方だと今こんなのが流行っているんだよって、作って欲しい商品の見本が生産地に送られていたとか。
        職人の父親と喧嘩して家を飛び出した息子が放浪の末、ライバルの製品を持ち帰ったとか。

        親コメント
  • by Anonymous Coward on 2016年06月02日 7時11分 (#3022694)

    現代人の感覚だと歩ける距離じゃないけど
    狩猟民にしてみればベーリング地峡だって超えてるんだし

    むしろ
    当時は採集がメインと考えられていたが
    狩猟中心の生活をする集団もいたということがはっきりしたということだろ

    • by Anonymous Coward

      まあ、そっちは千年単位のタイムスパンでですけどね。
      まるまるかけてるなら現代人が歩くのより遅い。

    • by Anonymous Coward

      一人で歩いたとは限らないし。
      良質な黒曜石の矢尻が、交易品としてどんどんどんどん遠くに運ばれて行っても不思議はない。
      津軽海峡を超えたのはすごいけど。

  • by Anonymous Coward on 2016年06月02日 9時02分 (#3022726)

    情けない事に最初に思い浮かんだのがエアコンだった

    • by Anonymous Coward

      べつにいちいち既読レスしなくてもいいんですよ?

    • by Anonymous Coward

      新田次郎でも読みたまへ

    • by Anonymous Coward

      黒森峰がどうした? って空目しましたよ。
      ※次のストーリーと混じったらしい…。

  • by Anonymous Coward on 2016年06月02日 9時46分 (#3022754)

    日本各地の縄文遺跡から見つかっている炭化米から、縄文中期には稲作が北方まで伝播していたことがわかっているし、新潟のヒスイが日本各地から見つかっていることからも、日本海と河川を通じた舟運が存在していたことは推測されていた。

    古代には河川が重要な道として使われていて、山を越えて舟を担いで行ったらしい。
    各地に残る船坂という地名がその名残。

  • by Anonymous Coward on 2016年06月02日 11時18分 (#3022820)

    当時の日本列島の地形とか氷河期の海面低下とか考えると、本州と北海道との往来はそれほど困難ではなかったのかどうか。
    津軽海峡ルート以外に大陸経由とかも考えられますかね。
    黒曜石が北海道に渡った年代が分かればなぁ。

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