香港の物理学者、光子が光の速度を超えることはできないことを証明 59
ストーリー by hylom
何を言っているのかさっぱり分からないが 部門より
何を言っているのかさっぱり分からないが 部門より
あるAnonymous Coward 曰く、
AFPBBニュースの記事『「タイムトラベルは不可能と証明」、香港物理学者』によると、香港科技大学のDu Shengwang氏らが「光子は光の速度を超えることはできない」」と証明したそうだ(論文PDF)。
「どんな物体も光の速度を超えることはできない」というのはアインシュタインの理論だが、研究チームは光子がこれに従っていることを示したという。
特殊相対性理論では高速で移動する物体は時間の進みが遅れ、光の速さで移動すると時間の進みが止まるとされている。そのため、「光の速度以上で移動すれば過去にさかのぼれる」という主張もあり、そのため「光子が光の速度を超えることはできない」=「過去へのタイムトラベルは不可能」という話も出ているようだ。
流し読み (スコア:5, 参考になる)
まず,多数の光子が絡む場合,その群速度には(見かけの)超光速成分が現れることがあります.
あんまり正確な表現ではありませんが,いくつかの振動数の異なる正弦波(速度はc)が重なってピークを作っていると,時間の経過とともに(振動数が違うために)重なりにより出来ているピークの位置がずれます.ピークの位置(=みかけの粒子の位置)は急速に移動しても良いわけです.単に干渉縞が急速にずれているだけですので.こういった意味での"超光速光"は存在しており,実験的にも観察されています.
ある特殊な媒質に光を入射すると,前述の"見かけの超光速光"を作ることが出来ます.これは,光が入射して媒質と相互作用し,その結果出てくる変調波と元の光とが重なり合って,見かけのピークを作り,これが超光速で動いていくようなものです.これが前述の「実験的に観察されている」というものです.
さて,光子の集団運動として,見かけの超光速っぽい現象は存在しても良いわけですが,では,全く同じことを"光子一個"でやるとどうなるでしょう?正当派の考え方としては,この場合もあくまで見かけの現象として波束の作るピークの超光速移動はあるものの,実際の光子自体は光速以下で動くだろう,と考えます.
しかし一方,粒子は量子化されているため,もはやこれは「集団運動」などとは呼べません.「一つの粒子」の様々な状態の重ね合わせが作る波束のピークの位置は,そのままその粒子の位置に対応します.光も量子化されますから,一つの光子はもはや分割できない単位になります.そのときに,「集団運動で見えてくる見かけのピーク位置が超光速で動いているだけだから」という説明は通るのでしょうか?分割不可能な一つの物体の位置を示すピークが超光速で動いているのだから,それは本当に超光速で光子が伝播している,という可能性はないのでしょうか?
大部分の物理学者はこのような考えには賛成していませんが,「単一光子という量子の世界にまで踏み込むと,超光速現象の可能性は検討もせず却下できるほど自明ではないのではないか?」と議論を挑む人々が存在します.
さて,ここで少し話が変わります.
相対論においては,超光速での移動はそのまま,ある系から見た時間の逆行に対応します.つまり,超光速の信号というのは,ある別な系から見ると時間を逆行する信号になってしまうわけです.そのため,万が一超光速通信が実現可能だとするとそれはイコール未来から過去への通信が可能になる,という意味を持ってしまいます(それもあって,超光速現象はあり得ないのではないか?という感覚が強い).
そのため,(少数の人が問題提起しているだけとは言え)超光速たり得るかもしれない現象を放っておくわけにはいけません.
そんなわけで,前述の超光速媒体中での光子1個の伝達速度を測定したいわけですが,ただでさえ実速度の測定なんてものはやりにくいのに(精度的に難しい.比較なら楽だけど),それを光子一個でやれと言うのは無理難題です.そのため,何か良い実験手法を考えなくてはなりません.
さて,またまた話が変わります.光においては,理論的に"optical precursor"と呼ばれる現象が予想され,近年実証されています.どういうものかというと,矩形波状の光を考えてください.この光が媒質に入射すると,中の電子や原子が揺すられることである誘電率を示します.
が,しかし,今の場合入射されるのは矩形波で,光の最先端の部分の変化はデルタ関数的です.そんな速度には電子や原子は当然追随できないので,それらの変位は光の先端より少し遅れたところで始まります.逆に言えば,光の最先端の部分(=矩形波の立ち上がり部分)は原子・電子をほとんど何も変位させずに媒質中を進んでいくことになります.
誘電率というのは原子・電子の変位から生まれますから,つまりこの矩形波の先端部分は,物質中を通過しているにもかかわらず物質の影響を全く受けずに,あたかも真空中を素通りしているかのように透過していきます.当然,その速度は真空中での光速Cです.
(実際には,完璧な矩形波は不可能で僅かに立ち上がりが斜めになるので,微妙に影響は受ける)
一方,光の大部分は物質の応答が起こっている時に通過しますので,通常の誘電率を感じ速度は遅くなります.この結果,物質に矩形波状の立ち上がりを持つ光を入射すると,真空中の光速度で透過していく最先端の微量の成分(Optical Precursor)と,誘電率の影響を受けちょっとゆっくり進む成分(光本体)とに分裂します.
さて,ここでようやく話が戻ってきます.Optical Precursorはその性質上,真空中の光速度で進む非常に弱いピークとなります.一方,それ以外の大部分は,その物体中での光の速度そのもので進みます.
我々が知りたいのは,(見かけの)超光速現象を許す媒体中での光子一個の速度です.しかし速度を直接測定するのはなかなか難しい(実験のセットアップによって微妙に距離が変わったりもするし).そこで前述のOptical Precursorを使います.
単一光子を発生させ,その波束を矩形状の立ち上がりを持つように切り出します.そしてその時刻をトリガーにし,(見かけの)超光速媒体を抜けてきた光が検出される時間を測定します.一度ではわからないのでこれを何度も繰り返します.そうすると,速度の絶対値はわからないものの,「あるセッティング中を光が抜けて来た時のdelay」の積算が観測できます.どう説明したらいいか,「長さがわからないトンネルがあって,自動車がそこに入っていった時間と出てきた時間は観測できる.自動車の速度そのものは測定できないけれども,速い自動車と遅い自動車の見分けは付く」とかそういう感じでしょうか.
さて,横軸に観測された経過時間,縦軸にカウント数を取ってプロットすると,これは媒質を抜けて来た「光の波束」と同じ形状になります(光の波束=その位置で光を検出する確率であるため).
そうしてプロットしてやると,早い時間に小さく鋭いピークが一つ,それから少し遅れてブロードで強いピークが一つ観測されています.
さて,媒質に入射された光は弱いOptical Precursor(必ず速度Cで進む)と,媒質の影響を受けた光の本体(速度は変わる)に分離します(ただし,光子は一つなので,一度の測定ではどちらかがランダムに観測される).それを考慮すると,最初の小さいピークが速度Cで通過してきたOptical Precursor,後の強いピークが媒質の影響を受けた光(多数の光子でやると,見かけの超光速を実現する部分)だと結論づけられます.(見かけの)超光速に相当する部分が,「必ずOptical Precursor(=速度Cで進む)より遅い」ということは,単一光子の場合であっても,大方の予想通り実体である光子は超光速では移動できない事を示しています.
従って,超光速っぽい見た目を実現する媒体&単一光子の組み合わせであっても因果律は守られてめでたしめでたし,と.
以下余談.
ただし,実はこれ以外にもタイムマシンを実現する手法は山ほど提案されています.で,そういうのを利用したタイムマシンに関しては別に今回の実験からは否定されません.
なお,一般相対論をねじくり回すといくらでもそういった解が出てくるので,皆さん半分あきらめ気味です.
そういう素敵な解に関しては,「タイムマシンがどうたら」とまじめに話していると一般人にドン引きされるので,「closed timelike curve」とかそれっぽい名前をつけて世間の目を欺いています.奴らは一見まじめな話をしているように見せかけながら,実は「タイムマシンだぜへへへ」とにやけているわけです.
今日もどこかで理論家は,相対論というツールを使って自然をハックして,CTCみたいな脆弱性がどっかに見つからないかとアタックを繰り返してるわけですよ.
長かったんで簡易版 (スコア:5, 参考になる)
長すぎたんで簡易版
1.(見た目が)超光速っぽい現象が何年か前に実現される.
2. 通常は見た目だけだけど,「光子一個」でやったら本当に超光速かもよ?と一部の人から突っ込みが入る.
3. 超光速で動かれると,イコールタイムマシンだから困る.
4. いろいろ特殊な現象を利用して,光子一個でも光速は超えてないことを実験的に示す(今回の仕事)
5. つまりその手法ではタイムマシンにはならないんですよ!(みんな安心)
6. だが,あれが最後のタイムマシンだとは思えない……(続く)
タイムマシンに関しては,相対論からのあまりに自然かつ多彩な出現っぷりに,
1. 本当は出来るんじゃないの?派(俺らがタイムマシンの理論を作ってやるぜ派)
2. タイムマシンを生む病的な時空はかならず自らを破壊する相互作用を含んでいる(=安定に存在できない)派(時間順序保護仮説派)
3. そもそも相対論なんて未完の学問が駄目だよ派(量子重力が全てを解決してくれる派)
と,いくつもの派閥に分かれて素敵なバトルを繰り広げています.
Re:長かったんで簡易版 (スコア:2, 興味深い)
タイムマシンの種類にもよりますが,相対論から出てくるタイムマシンの多くはそれを設置した時間までしか戻れないんですよ.
トンネルみたいなもんですね.出口が設置されてるところにしか移動できないというか.
#同時に,一度崩壊すると,後から別のタイムマシンを設置しても最初のタイムマシンの時点には戻れない.
だから,「まだ開発されてないだけなんだ」と前向きに捉えてみるとか.