2016年のノーベル物理学賞は、位相幾何学を用いて物質の相転移を研究した3氏に 27
ストーリー by hylom
今回はなかなか難しい 部門より
今回はなかなか難しい 部門より
headless 曰く、
2016年のノーベル物理学賞は、半分を米ワシントン大学のDavid J. Thouless氏が受賞、もう半分を米プリンストン大学のF. Duncan M. Haldane氏と米ブラウン大学のJ. Michael Kosterlitz氏が共同受賞した。授賞理由は位相幾何学的な相転移と物質の相の理論的な発見(プレスリリース)。
Kosterlitz氏とHaldane氏は1970年代、超流動や超伝導が薄い層では起こらないという当時最新の理論を覆した。彼らは低い温度で超伝導が起きることを実証し、より高い温度で超伝導を失わせる相転移のメカニズムを説明した。Thouless氏は1980年代、以前行われた非常に薄い導体の層を使用する実験で、コンダクタンスが整数のステップとして正確に測定できることを説明。性質上、これらの整数が位相幾何学的であることを示した。これと同時期にHaldane氏は、一部の物質中にみられる鎖状に連なった小さな磁石の特性を理解するため、位相幾何学の概念が利用できることを発見している。
3氏は高度な数学的手法を用い、超伝導や超流動、磁性薄膜といった物質の特殊な相を理解する道を開いた。現在ではさまざまな相が知られており、この分野が物性物理学の先端研究を拡大している。現在の研究は3氏の発見した見知らぬ世界における物質の秘密を解き明かすものであるとのことだ。
KT転移とかハルデンギャップとか (スコア:5, 興味深い)
わりと磁性にも絡む分野で個人的に馴染みが深い方々が受賞しました.
Kosterlitz Thouless転移(KT転移.そしてちょくちょく無視されるBerezinskii)
もともと,低次元空間では相転移が起こりにくくなることが知られています.で,そういった研究の中からMermin-Wagnerの定理というものが生まれます.これは,「連続的な自由度がある2次元以下の系では,長距離秩序が存在できない」というものを数理的に証明したものです.例えば,3次元の任意の方向を向くことのできる(=連続的な自由度がある)スピンが2次元に並んだ系は,有限温度では強磁性になれない,というような事を意味します(連続的にねじるような変形だと,無限小のエネルギーで大きなエントロピーを生み出せる.自然はエネルギーが低い or エントロピーが大きい状態を実現するため,有限温度で秩序相が容易に壊されてしまう).
ところがKosterlitzとThouless(と,そのちょっと前にBerezinskii)が示したのは,「連続自由度の2次元系でも,有限温度で相転移を示すよ」という一見相反するような結論でした.通常の相転移では長距離秩序(遠くまで続くある種の整列)が生じるので,「長距離秩序の無い相転移」というのはなかなかに刺激的な結果です.
で,どんな相だったのかというと,渦をもつ相になります.例えば2次元の磁性体で言うと,全体のスピンの向きが一方向に揃ったもの(強磁性)は生じることができないのですが,いくつかの右回りや左回りの渦状にスピンが並んだものへの相転移が実現する,という事になります.で,右巻きと左巻きの渦がある程度の距離にあると互いに引き合って安定する,という感じで.この場合,長距離での相関は渦の存在によって破壊されていますので,「相転移はあるけど長距離秩序は無い」というものが実現しているわけです.
このあたりの転移は,当初から今で言うトポロジカルな系と見なされていたわけではありませんが,近年の「トポロジカルに保護された相」(外部から摂動が加わっても,系のもつトポロジカルな値ゆえに何らかの物理的な状態が壊れない相)との絡みから再解釈が行われ,トポロジカルな物性現象のはしりとして捉え直されたりもしています.
Haldaneギャップ
Haldeneが研究したのは一次元のスピン列です.反強磁性的な相互作用が働く1次元の系は,隣り合うスピンが逆を向こうとします.
↑↓↑↓↑↓↑↓↑↓↑↓
(実はこれの↑と↓を入れ替えた状態が混ざるので,この描像は正確ではありませんが)
で,この状態に磁場をかけると,ほんの少しの磁場でほんの少しの磁化が生じます.こういう,ちょっとの刺激に対してある程度の反応を起こす系を「ギャップの無い系」と呼びます(小さなエネルギーで,変化が起こせる).
ところがHaldeneの研究はこれに修正を求めます.スピンの大きさが1(などの整数)の系を考えましょう.これは,電子2つ分のスピンが非常に強く結びついていて,同じ方向を向いている,という事に対応します.このように分解した場合の反強磁性鎖を図で描くと,こんな感じ.
-↑=↑-↓=↓-↑=↑-↓=↓-↑=↑-↓=↓
ここで「=」は非常に強い原子内での強磁性相互作用,「-」は弱い原子間での反強磁性相互作用を示します.
これを書き直すと,以下のように見ることができます.
-↑)=(↑-↓)=(↓-↑)=(↑-↓)=(↓-↑)=(↑-↓)=(↓
二つのスピンが弱く反強磁性的に結びついていて,それが非常に強く強磁性的に結びついている,と.
そして面白いことに,実は「反強磁性的に結びついたスピンのペア」は有限温度で「↑↓」というペアを作って,磁性を失ってしまいます.そしてこのペア状態は,ある程度以上の強い磁場をかけないと,磁化を「全く生じない」という特徴があるのです.
つまり,スピンが1/2とか1/3とかの半整数の系では弱い磁場で弱い磁化が出るギャップの無い系なのに対し,スピンが1などの整数の系ではギャップをもちある程度以上の磁場をかけないと磁化が現れないという全く違う系になってしまうのです.
このように,「スピンの大きさが整数なのか半整数なのかで物性ががらりと変わる」というのは当時誰も予想しておらず,この結果(Haldeneギャップの存在)は驚きをもって迎えられました.
(そして現在では,多くの系でHaldeneギャップが存在することを実験的に確認できています)
KT転移にせよHaldeneギャップにせよ(そして今回とは関係ないけど量子ホール効果にせよ),色々な物理現象が「系のもつトポロジー」と関係していることが明らかとなり,そのような目線で物性現象を再解釈したり,新たな視線により新たな現象を見つけ出したり,といった事が盛んに行われています.
#とは言え,KT転移やHaldene鎖がトポロジカルな現象と関連づけられてノーベル賞になるとは思っても居ませんでしたが.
トポロジー (スコア:1)
位相幾何学の文字が新聞にのるなんて、ポアンカレ予想の解決以来だと思った
位相幾何学の研究者は大喜びしてるんじゃないかな
Re: (スコア:0)
3次元のポアンカレ予想は、微分幾何の手法 [wikipedia.org]で証明されたそうだけど。
Re: (スコア:0)
>ポアンカレ予想の解決以来だと思った
道理で (スコア:1)
朝のニュースで「ノーベル物理学賞は日本人の受賞はありませんでした」ってだけで
じゃあどんなのが受賞したのか紹介もなかったわけだ _(:3 」∠)_
Re:道理で (スコア:2)
もはや芸能ニュースと同じような扱い。非常に腹立たしいが、「基礎研究が実を結んだ」とか厚顔無恥に書くくらいだから期待するだけ無駄か。
Re: (スコア:0)
アメリカ・イギリスとかたくさん取ってる国を除けばどこもそうでしょ。
日本も山ほど取れば日本人、ふーん、で内容は?て感じになるはず。
Re: (スコア:0)
ナニジンかに関わらず報じろ、って事でしょ。
スポーツの報道でもよくあるけど、日本人の順位しか報じなかったりする。
で、全体像がわからないっていう。
Re: (スコア:0)
他の国の報じられ方はどうなのかな? やはり自国から受賞者が出た時は特別扱いになりがちでは?
にしても
> 日本人が受賞したときだけ号外出すほど大はしゃぎして
それとか、出身学校に当時の同級生やら現役生を集めてお決まりの「(同級生|大先輩)が授賞して誇らしいです」を言わせたりとか
「海外でこの人が何かホメられましたよ」的なネタの扱いがスポーツ芸能学術ぜんぶ昔から同じフォーマットなのな。 雑。
Re: (スコア:0)
ネットで見れたから、ANN News (だったかな?) で「大隅良典氏受賞」 を見たけど、
インタビュアーが、ネクタイの色とか質問してて、ちょっと残念な感じがしたよ。
オートファジーなんて聞いたこともなかったから、あまり突っ込まれても理解できないけど、
テレビの「物語」的な部分ばかりクローズアップして、喜んでしまうところ、嫌だな。
Re: (スコア:0)
ノーベル賞の内容に興味を持つ様な相手に向けた報道"も"メインではないにせよ、もっとやればいいのにね。
その研究の内容を理解して、その研究が以後の研究や社会に与えた影響を理解して、将来の研究や社会にどんな影響を与える(かもしれない)のか、そういうのが興味深いと思うんだけれどもなぁ。
Re: (スコア:0)
限られた字数で何がどう凄いのか説明するのは難しい
金払ってる大多数の読者にとって意味が見いだせない記事は書くだけ無駄
日本人受賞者なら概略書いて詳細を続報することも可能だけど、それは商業紙だから可能なものだよ
Re: (スコア:0)
大はしゃぎ、という見方も正しいが、事前に予定原稿を用意できなければ、具体的に報道しようがないってのもある
今回の物理学賞は、はっきりいって数百人レベルで予定原稿があっても漏れてしまう対象だっただろうよ
で、応用範囲の説明も一般人に難しくて、数時間も経ってしまえばニュースバリューも落ちるってのが現実
Re: (スコア:0)
メジャーどころはそうでしょう。
一般人にphason先生のような解説 [srad.jp]をしたところで、興味を持てる人にはわかりやすいにもかかわらず、チャンネルを変えられておしまいです。
専門性と先端性の高さから報道の難易度は昔に比べて高くなってるように思いますが、実感としてはそれを差し引いても、
ネットのおかげで昔に比べるとわかりやすい概説を得やすくなってますね。未来館の記事とか。
Re: (スコア:0)
だから他国のノーベル賞受賞者がなに研究してたなんて事にはニュースバリューが無いんでしょう
Re: (スコア:0)
そしてここでもこのコメントのせいですっかり話題が……そうでもないか。30%くらいで済んでいる?
つながりあるのかな? (スコア:1)
2011年ノーベル化学賞の準結晶の話を思い出しました。
2011年ノーベル化学賞は準結晶を発見したイスラエルのDaniel Shechtman氏に [science.srad.jp]
準結晶 - Wikipedia [wikipedia.org]、『準結晶』の発見 2011年ノーベル化学賞解説 | KEK [www.kek.jp]
準結晶の方は結晶構造に対する幾何学的なアプローチの研究とすると、
今回の件は固体内の電子物性に対するアプローチってとこでしょうか?
物質の構造や物性が細かく分析できたり制御できるようになってくると、こういった数学的なアプローチってのが大きな意味をもってきそう。
# 数学苦手だから…とばかりも言ってられないなぁ
Re: (スコア:0)
準結晶は群論(対称性)の話で、こちらは位相幾何(穴の数)の話だから関係ないに一票。
Re:つながりあるのかな? (スコア:1)
分野の違いというより、数理材料科学というくくりでは関連ありそうって思ったので(くくりが広すぎてすみません…)。
そういえば数理科学という雑誌もありますね。
数理科学 バックナンバー [saiensu.co.jp]
位相幾何学的 (スコア:0)
数学的な考え方を物理学に応用する的なことなんだろうけど、
もう概念的なところから理解できない的な感じでちょっと追いつけない的な話だ。
Re:位相幾何学的 (スコア:1)
数学も物理もド素人ですが、コメント。
今回のノーベル物理学賞「トポロジカル物質」って何?:日本人の貢献も無視できないヨ! [exblog.jp]
要するに、素粒子物理や高エネルギー物理の理論家たちが、超ひも理論やら万物理論などといっても、結局は実験できないわけだ。だから、その理論の有効性が分からない。
そういうときに、その10次元版を4次元版、さらに2次元版とトイモデル(=理論的おもちゃの模型)を作って研究すると、その度に新しい物性物理学が生まれたのである。
トポロジーと物理がどのように関係しているのか全く分かりませんが、21世紀の数学の大きなキーワードのひとつは量子物理学らしい。例えば、
第4回 数学と物理学 驚異のつながり [nhk.or.jp]
これは例としてはちょっと違うかもしれない。位相幾何学だけの話ではないから。
ちなみに20世紀の数学のキーワードのひとつは局所と大局だそうで、例えば、
21世紀の新技術と現代数学-大局を扱う理論と技術-「多様体論」と「コホモロジー論」 [u-hyogo.ac.jp]
まさに、位相幾何学の話。しかも、位相幾何学をベースにすれば、全く新しい技術が生み出されるかもしれない、と言う話を読んで、自分も勉強してみたい、とは思いましたが、
通常この理論と技術の習得には非常に高度な数学的訓練を必要とするため、 例えば大学を卒業した現在22才の日本全国の若者のうちで問題の状況に 応じて新しい「コホモロジー」を自力で作れる程度にそれらを駆使できる のは多分50人にも満たないというのが現実でしょう
とのことで、私には近づくことすらおぼつかない。
Re:位相幾何学的 (スコア:1)
ほんとそれ。
もうこの領域を突き詰めて最終的にはイメージ・アルゴリズム機関を実現してほしいところだ
# その発想もスゲェと思ったww
Re: (スコア:0)
物理特性を説明するために数学体系を構築(模索)していくというのが一般的なやり方だと思うけど、ある物理特性を、それとは全く独立に発達した数学体系で説明できてしまうってすごいよなあ。
世界の端と端が一致してしまったような循環的な美しさを感じる。
ペンローズタイルとかゼータ関数とか思うと (スコア:0)
どこか、基本的なところで繋がっているのでは
究極的物質微細構造の
どこかに
神の署名があるかも
かんたんに言えば (スコア:0)
ここで話題になっているトポロジーというのは境界条件に依存しない現象という意味だ。
普通は系の境界条件を変えるとそれに応じて物性が変化する。
しかしトポロジーの効いた物質系では境界条件を多少変えても変化しない。
どういう風に境界条件を変えるかというと、外部磁場の強さ、電場の強さ、スピンの大きさなどによる。
こういうものを変化させても系が変化しないような物質は量子的な現象が起こる。
磁場に対してこれが起こったのが量子ホール効果や分数量子ホール効果。
1次元のスピン系に対してこれが起こると主張したのがハルデーン。
こういった現象の根源に起こる数学的構造が基底状態の構造にあり、そこに数学でいうトポロジーが
込められていることに気づいたのがコスタリッツとサウレス。
これでも読んでみたら (スコア:0)
トポロジカル絶縁体・超伝導体入門
ttp://www.st.hirosaki-u.ac.jp/~jungoryo/syuchu.pdf
これでも読んでみたら。
Re: (スコア:0)
それはどちらかというと今回の賞の対象になった仕事以降に大きく花開いたトポロジーと物性との関わりの部分であって、3人の仕事とはちょっと離れてね?