
ベートーベン鉛中毒説の根拠となっていた遺髪、女性の髪の毛だった 6
遺髪 部門より
音楽史上最も重要な作曲家の一人であるベートーベンは進行性の難聴や慢性の胃腸炎に苦しみ、最後は肝硬変で亡くなった。死の翌日 1827 年 3 月 27 日に発見された 2 人の弟あての手紙 (ハイリゲンシュタットの遺書) では病状を記録して公表するよう要望しており、指名された医師はベートーベンよりも 18 年早く亡くなっていたが、病因を調べる研究は長年にわたり行われている。
今回の研究ではベートーベンのものとされる 8 つの毛束から採取した毛髪のサンプルを調査。まず 8 サンプルに対し浅いショットガンシーケンシングを実行した結果、5 サンプルが欧州系男性の同一人物 (または一卵性双生児) のものであることが確認された。研究グループではこれら 5 サンプルを本物と仮定し、最も状態の良いサンプルで全ゲノムシーケンシングを実施した。